森の食卓は緑に香る
「……中に入って。武器は置いていくこと」
レイリナの冷たい声に促され、私は背中の金棒――《酔鬼ノ号哭》を外し、木壁に立てかけた。
ミスティアも杖を外し、クラリスも剣を腰から外す。
エルフの集落は木々の上に広がっていた。
編まれた太い枝が橋のように繋がり、柔らかな緑の光が差し込む。
空気は湿り気があって、どこか甘い。
「ここは……空気がおいしいね」
「静かすぎますね……私の足音が響きます」
「なにより……ああ、美人エルフがあちこちに……!」
「伊吹、声が大きい……!」
クラリスに脇腹をつつかれ、私は思わず口を押さえた。
いやでも無理ないでしょ、あの長い耳、翡翠色の瞳、流れるような髪……。
生きててよかった。
やがて案内されたのは、大きな樹の内部をくり抜いた広間だった。木の香りが鼻に心地いい。円卓の上には――
「……うわ、何この色と匂い」
葉で包まれた蒸し料理、透き通るような果実、花の蜜を固めた琥珀色のゼリー。
鮮やかな緑と赤と黄金が、まるで宝石箱みたいに並んでいる。
「エルフは命あるものを食べない。肉は出ないけれど、野菜と果実の扱いは……一流よ」
レイリナが椅子に腰掛け、淡々と皿を取り分ける。
その所作すら絵になるのが悔しい。
「いただきます!」
私は遠慮なくかぶりついた。
――シャクッ。
口いっぱいに広がるのは、朝露みたいに澄んだ甘み。
歯で噛むたびに、緑の香りがふわっと弾ける。
蒸された根菜はほくほくで、かすかにナッツの香ばしさが混じっていた。
「……やば、これ……噛むたびに森の空気吸ってるみたい」
「伊吹、表現が酔ってるわよ」
「でも、確かに……これは絶品です」
ミスティアが頬に手を当てる。
「香りが層になって、飲み物が欲しくなりますね」
「飲み物なら、これを」
レイリナが木の杯を差し出す。淡い黄緑色の液体は、柑橘にも似た香りがした。
ひと口――冷たい。けど後から、花の蜜のような柔らかい甘みが喉を滑っていく。
「……あー、これ、酒じゃないのに酔いそう」
「森果酒よ。果実を絞って水で薄めたもの。子供でも飲めるわ」
「ちょっと伊吹、がぶ飲み禁止」
クラリスに止められたが、杯はもう半分以下だった。
「これで前菜だ。主菜を持ってくる」
エルフの青年が大皿を運んでくる。
そこには大ぶりのキノコを丸ごと焼いた料理が鎮座していた。
表面はこんがりと色づき、割ると肉厚な白身から湯気がふわりと立ちのぼる。
香りは……バターも塩も使っていないのに、濃い旨みが鼻を直撃した。
「これ……肉じゃないのに、肉だ……!」
「菌類は命あるものに含まれないの。私たちにとってはご馳走よ」
ひと口頬張ると、ぎゅっと凝縮された旨味が舌に乗る。
噛むごとにあふれる汁は、まるでコンソメを煮詰めたような深み。
「……これでワインあったら、無限にいける」
「伊吹、今の台詞……本気ね」
「本気だとも」
この世界、やっぱりいいもんあるじゃないか!




