森はよそ者を拒む、美人エルフも
クエストの途中で立ち寄ったのは、街から半日ほど歩いた森の中。
頭上では葉が重なり、日差しを細かく刻む。
鳥の声、葉擦れの音が心地よい。
街の喧騒を離れた森の奥は、空気が濃い。
葉のざわめきすら、どこか低く響いて聞こえる。
「……さっきから、視線を感じるんだけど」
私がつぶやくと、クラリスが片眉を上げる。
「森の動物じゃないの?」
「いえ……これは、人の気配です」
ミスティアの杖の先端に、淡い水色の光が宿った瞬間――
ひゅっ、と矢が飛び、私たちの進路を塞ぐように突き刺さった。
「っ……!」
反射的に背中から金棒《酔鬼ノ号哭》を引き抜き、周囲を睨む。
その重みが肩に食い込み、胸の鼓動が一段と速まった。
「動くな」
低く、鋭い声。
木陰から現れたのは――
腰まで届く、淡い緑金色の髪。
切れ長の瞳は氷のように冷たく、全身を測るような視線。
葉を編み込んだ軽装、背に弓。
そして……信じられないほど整った顔立ち。
「……なにあれ、美人……」
思わず口にした私に、クラリスが小声でツッコむ。
「伊吹、今はそういう場合じゃない……!」
「この森は部外者を拒む。人間の立ち入りは、許されない」
女は一歩踏み出し、弓を構えたまま言い放つ。
「いやいや、通りすがりですって! 怪しい者じゃ――」
「怪しくない者は、武器を抜かない」
その視線が、私の手に握られた《酔鬼ノ号哭》へと向く。
「……あ、これは……その……護身用?」
「伊吹、説得力ゼロよ……」
クラリスのため息が背中に刺さる。
「お前たちが森を荒らさぬ証を示せ。それができなければ、ここで引き返してもらう」
女は冷徹に告げた。
その声には隙がなく、こちらの言葉尻を探るような鋭さがあった。
「証って……どうすればいいの?」
「簡単なことだ。この場で狩りをせず、命あるものを害さぬと誓え」
「狩り……?」
女は腰の袋を開き、中身を見せる。
色とりどりの木の実、乾燥させた茸、香草――すべて植物性の食材だった。
「エルフは肉も魚も口にしない。森の恵みだけで生きる。それが我らの誇りだ」
「なるほど……ベジタリアン美人……!」
「褒め方おかしいから……」
クラリスが即ツッコミ。ミスティアも小さく咳払いする。
「ですが、その理念は尊敬に値しますね」
女――レイリナは、ほんの一瞬だけ視線を緩めたが、すぐに険しさを戻した。
「……話は以上だ。引き返すか、誓うか、選べ」
森の静寂が、こちらの返事を待っているようだった。




