至高のつまみは、冒険の先にあり
――冒険の理由が“つまみ”ってのもどうかと思うけど。
でも、今の私はマジだ。
ノアの言葉がずっと耳に残ってる。
「あんたたちに“本物の料理”を食べさせてあげる」
“本物”。
その響きに、私たちは心を奪われた。
*
早朝の路地裏、昨日と同じ場所にノアはいた。
身支度を整えた彼女は、白いエプロンと黒のドレスのまま、こちらにマップを差し出した。
「今回の目的は、二つの素材」
一つ目、“紅白トリュフ茸”。赤と白が混じった縞模様の幻のキノコ。地下の湿地帯にしか生えず、強い香気がある。
二つ目、“燻霜イモ”。氷結地帯の限られた岩陰にだけ育つ、高糖度の芋。焼くと燻製香が立つ。
「どっちも一流の料理人でも入手困難。そもそも流通に乗らない」
「つまり、採ってこいと」
「そう。あなたたちは冒険者でしょ?」
ノアは腕を組み、少しだけ意地の悪い笑みを見せた。
「“うまいもの探検隊”とか名乗ってたなら、これくらい余裕でしょ?」
くっ、痛いとこ突いてくる……!
「よっしゃ、任せろノア! “至高のつまみ”のために、いざ出陣だぁ!」
私は腰の瓢箪《酔楽の酒葬》を軽く叩き、気合いを入れた。
*
まずは“紅白トリュフ茸”を求めて、南の古湿地帯へ。
あたりは深い霧に包まれ、ぬかるんだ地面を歩くだけでも苦労する。
「ミスティア、気配ある?」
「小型モンスターが3体。注意して進めば、戦闘回避できます」
「いや――来た方が早い。動きが重いタイプだし」
私は軽く息を吐いて、瓢箪の栓を抜いた。
「《俊敏上昇・スプリントフォーム》発動。さて、朝ビールの出番だね」
銀色のラベルをイメージしながら、一気に流し込む。
――全身が軽くなる。足元の泥が、まるで気にならない。
霧を蹴り、私は跳ぶ。
――バシィン!
接近してきた泥獣の横っ面に、金棒《酔鬼ノ号哭》の一撃を叩き込む。
「オラッ! 邪魔すんじゃねぇ、こちとら腹ペコなんだよ!」
「伊吹、次っ!」
「了解!」
クラリスが斬撃で後方を抑え、ミスティアが泡沫魔法で牽制。
《泡沫魔法・滑層:スリップフォーム》が敵の足を奪い、そこに私の一撃。
――コンビネーションは完璧だった。
「よし、撃退完了!」
「キノコの香り……この先です」ミスティアが指さす。
そこには、大きな倒木の根元。
赤と白の縞模様がまるで宝石のように輝く、見事なトリュフ茸があった。
「これだ……!」
丁寧に採取して、まずは一つ目クリア!
*
続いて北の氷結地帯。
寒風吹きすさぶ岩場、標高の高い崖下には《燻霜イモ》がひっそりと顔を出していた。
「温度管理がシビア……この子、育つ条件めっちゃ狭いわね」
「……敵影、あり」
氷狼が数体、こちらを睨んでいた。
「こいつら、けっこう俊敏系ね……じゃあ――」
私はもう一杯、別のビールを流し込む。
違う銘柄。こちらはドライ感強めのやつ。
《反射強化・クイックテンション》、発動!
氷上でも滑らず、冷気を感じる前に距離を詰める。
「はい、一本ッ!!」
氷狼の牙をかわしながら、金棒を脳天に叩き込む。
反応速度、視界の冴え、脳の覚醒感――やっぱり酒バフは最高だ。
「これで最後ッ……!」
クラリスがとどめを刺し、ミスティアが採取を開始。
「……品質、問題なしです。これが燻霜イモ」
これにて、任務完了!
*
夜、ノアの店。
採ってきた素材を差し出すと、ノアは眉ひとつ動かさずに受け取った。
「……へえ、やるじゃない。酒臭いだけの人かと思ったけど」
「おっ、それって褒め――」
「褒めてない」
塩対応。
それでも彼女は、素材を手際よく調理しはじめた。
火魔法で温度を正確に管理し、トリュフはバターと共に炙り焼きに。
イモは細く刻み、スパイスとともに低温でじっくり素揚げ。
そして――
「できたわ。紅白トリュフの炙りバターソテーと、燻霜イモのスパイスチップス」
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも、無言でひと口、口に運ぶ。
――その瞬間、私は……泣いた。
「うっっっっっっま……!」
キノコの香りが脳天まで突き抜けて、芋の旨味が胃に染み渡る。
酒、酒を……!
私は瓢箪からそっとビールを注ぎ、合わせてひと口。
「うあああ……最高。これこれこれ、これなんよ……!」
感動の波が押し寄せる。もう一口、止まらない。
ミスティアもクラリスも、無言のまま、味を確かめている。
そして、ノアがぽつりと呟いた。
「……少しだけ、わかった気がする。“酒に合う料理”って意味が」
「ううっ、ありがとう、ノア……!」
「泣くな。みっともない」
「でもほんとに感謝してる。これが“本物”だよ……!」
私はあらためて拳を握った。
「この味を、もっと知りたい。だから――また、食材探しとか、行ってもいい?」
「……好きにすれば?」
ノアの口元が、ほんのわずかに笑った気がした。




