この世界に、めちゃくちゃ美味いもんはあるのか?
――「美味いもの、食いてえ!!」
その日、朝っぱらから商業区の中心広場に私の叫びがこだました。
「伊吹、声が大きい……!」
「もう少し落ち着きましょう……耳が震えました……」
「いや! もう我慢ならんのよ!」
私は手を振り回しながら振り返る。
「昨日の共同料理会でわかった。“そこそこ”じゃ満足できないんだ、私の胃袋は! “うんまい!”って叫びながら酒を流し込まなきゃ、生きてる意味がない!」
「言いすぎよ……」
クラリスが額を押さえる。
「ですが……伊吹さんの主張も、ある意味では正しいかと」
ミスティアがぽそりと呟く。
「味覚と満足度は、生存欲求と密接に……」
「うんうん、それっぽい理屈ありがとう。ということで!」
私は手を掲げる。
「本日! 《うまいもの探検隊》、発動!!」
「やっぱりその名前で行くのね……」
「ええ、登録済です」
「うっそでしょ!?」
*
というわけで私たちは、その足で泡鳴区のマーケットストリートに繰り出した。
まず目指すは屋台!
焼き鳥みたいな串料理、肉の香ばしい香りに引き寄せられた。
「……うん、悪くない。でも、ちょっとタレが甘いな」
「炭の香りは良いのに……味の深みが足りないわね」
「酸味のバランスが微妙です。あと、表面温度にムラが……」
次。路地裏の飯屋。
「お、魚のフライ定食!」
「白身がホクホク……だけど、塩気が弱いかも」
「衣が厚すぎて、肝心の素材感が消えてるな……」
「やはり油の質と温度管理が……」
次。酒場のつまみ。
「揚げチーズか。これは間違いないでしょ?」
「……チーズの風味、飛んでるわね」
「くっ……惜しい!」
「惜しいのが続くと、逆に辛いです……」
三人して、あーでもない、こーでもないと唸りながら歩き回る。
結果。
どれも「悪くはない」。でも、「すげえ!」ってならない。
……そんな折だった。
*
「ん、ちょっとこの路地……」
夕暮れが近づいた頃、私がふと横道に目をやると、ひときわ細い路地が目に入った。
看板も出ていない。人通りもない。
「なに、気になるの?」
「うん。なんとなく……匂いがする」
言葉のとおりだった。
そこから漂ってきたのは、さっきまで食べ歩いてきたどの店よりも“豊かな香り”だった。
「……一応、行ってみる?」
うなずいた私は先頭を切って進み――そして、その扉の前に立った。
*
木製のドアには、なにも書かれていない。
ただ一枚、金の飾り板が打たれているだけだった。
私はノックもせずに開けた。
カラン、と鈴が鳴る。
中は、静かだった。
古びた木のカウンターと、丸椅子が三脚。灯りは控えめで、奥の厨房には――
白いエプロンと黒のドレスをまとった少女がひとり、背を向けて鍋をかき混ぜていた。
銀髪のショートボブ。スラリとした背中。
そして――私たちに気づくなり、振り返る。
「……なに、勝手に入ってきて」
その声は冷たく、でもよく通る。
「3人だけどいい?」
「うちは予約制。勝手に入る客なんて受け付けてない」
「じゃ、今から予約する!」
「却下。うるさいし、酒臭い」
「こら! 今のは関係ないでしょ!」
「その瓢箪、ただの飾りじゃないでしょ? 体からにおってる」
びしっと指差された。
「……この店の人?」
クラリスが口を挟む。
「ノア・フィグリエ。元・貴族。今は料理人。見ての通り一人で切り盛りしてる」
名乗るだけ名乗って、また鍋に向き直る。
「話があるなら手短に。暇じゃないの」
彼女の言葉と態度は無愛想だったけど――
鍋から漂ってくる香りは、文句なしに“最高”だった。
「ちょ、ちょっとだけ……食べさせてくれない?」
「材料に余裕があったらね。今日はない。じゃ、出てって」
「そ、そんな……っ」
「ていうか、あんたたち、昼からこの界隈の屋台や食堂回ってたでしょ」
「なんで知ってるの」
「うちの食材、元はその市場。大体どこがどんな味出してるか把握してる」
くいっと木杓子で鍋を撫で、フタをしてから、ノアはこちらをちらと見る。
「はっきり言うけど――あんたたち、味覚、死んでるんじゃない?」
「うっ……」
「やめてください、伊吹さんの体力がゼロになります」
「いや、私だけじゃないでしょ今のは!?」
ノアは肩をすくめて言った。
「……でも、ちょっとだけ興味はある。あんたたちが、どれだけ“味”に飢えてるか」
「じゃあ……」
「条件がある」
ノアは指を立てる。
「ある素材を取ってきて。それが手に入ったら、あんたたちに“本物の料理”を食べさせてあげる」
「素材?」
「詳しくは、明日。夜明けにもう一回来て。準備しとくから」
そう言って、ノアはくるりと背を向けた。
「……これ、挑戦状ってことでいい?」
「好きに解釈すれば」
鍋の中から、ぐつり、と音がした。
私たちは店を出て、路地に戻る。
夜風が、ちょっとだけ、香ばしかった。
「伊吹……」
「わかってる」
私は握り拳を作って、叫んだ。
「絶対、取りに行こう! ノアの“めちゃくちゃ美味いもん”を食べるために!!」
「……うん、なんか今回は本気っぽい」
「炭酸、持っていった方がいいでしょうか?」
「まだわかんないけど、備えは大事だよね」
こうして、《うまいもの探検隊》は次なるクエストへと足を踏み出した。




