厨房は戦場、味は平凡
休日の朝。陽の光がゆっくりと差し込むリビングにて。
「――さて。本日は、引っ越し祝いの宴を開きたいと思いまーす!」
私はテーブルに両手を叩きつけて、開会宣言。クラリスとミスティアが「は?」という顔をした。
「突然うるさい」
「本日、祝宴の予定などは登録されておりませんが……?」
「ええーっ!? だって、ほら。せっかく三人で家借りたんだし、こういうのって大事でしょ? 最初のイベント感!」
私は腰の瓢箪《酔楽の酒葬》をポンと叩く。
「というわけで、我が家の新たな歴史に乾杯――の前に! まずは料理だ!」
「……誰が作るの?」
「もちろん、みんなでだよ?」
沈黙。
クラリスとミスティアが、互いに顔を見合わせてから、そろって私を見た。
「いや、待って? なんで私を見るの?」
「……なんとなく、伊吹が一番不安だから」
「私も同意見です。調理工程の8割が“目分量とノリ”で進みそうですし」
「正解だけど、失礼では?」
こうして、朝っぱらから始まった“引っ越し祝い共同料理作戦”。
戦場は――台所だ。
*
「よし、まずは定番から行こう。野菜炒め! シンプルイズベスト!!」
「了解。野菜はすでに刻んであります」
「私、火加減担当。正確な中火で」
鍋に油を引き、ミスティアが淡々と材料を投入。クラリスが火力を調整し、私は横で調味料を担当することに。
「塩と胡椒ね。だいたいこんくらい……」
「待って。いま、目分量で入れた?」
「そうだけど? 舌で調整する派だし」
「伊吹、計量スプーン使って。これは実験じゃなくて料理よ」
「堅っ……!」
「完成まで2分18秒……すこし火が強すぎました」
できあがった野菜炒めは、見た目こそ悪くない。
でも。
「……うん、“普通”!」
「“普通”ですわね」
「“標準的な味”です」
まさか三人そろって感想が一致するとは。味はまとまってるけど、なんか物足りない。いわゆる「美味いッ……!」ってならないやつ。
「次、シチューに挑戦しよう」
そして始まる、第二ラウンド。
*
「伊吹、ホワイトソースを溶かすタイミングが早すぎます」
「なんでよ、早く入れたほうが煮込まれる気がするじゃん」
「クラリス、にんじんの切り方だけ異常に細かいんだけど……?」
「料理本で“均一な火の通り”って言ってたから」
「この工程、必要ですか? 私は炭酸で煮込みたいのですが」
「それはやめて」
「でも、味が染みやすいと聞きました」
「それ、肉じゃがの話じゃない……?」
ミスティアの謎の“炭酸推し”により、シチュー鍋に一瞬だけ炭酸水が投入されるという事故も発生。最終的にはなんとか修正したものの、仕上がりは――
「また“普通”!!」
「……素材の味は生きてる、はず」
「牛乳の仕事です」
三人でうつむいた。
「なんで、こんなに料理って難しいんだ……」
「手順どおりにやってるのに、なぜか物足りない……」
「……やはり炭酸不足?」
「違うと思う」
それなりに美味しい。でも、感動がない。ぬるっと胃に入って、あとはただ満たされるだけ。
――そんな食事。
「よし、決めた」
私は立ち上がり、ぴしっと指を天井に突き立てる。
「この世界で、“めちゃくちゃ美味いもん”を探す旅に出よう」
「旅って、いきなり話が大きくない……」
「旅、ですか……?」
「今のままじゃ、腹は膨れても心は満たされないじゃん?」
「……その言い回しだけは、妙に説得力あるのが腹立つ」
クラリスが溜め息まじりに呟いた。
「そういうわけで!」私は宣言した。「明日からは――《うまいもの探検隊》、始動だ!」
「命名センス、酔ってるの?」
「でも、伊吹さんらしいです」
三人の食卓に、笑いがひとつ落ちた。
“普通”の料理の先に、“最高”を目指す日々が始まろうとしていた。




