表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に酒税法は存在しねぇんだよぉぉぉ!!  作者: ヒオウギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/145

厨房は戦場、味は平凡

 休日の朝。陽の光がゆっくりと差し込むリビングにて。


「――さて。本日は、引っ越し祝いの宴を開きたいと思いまーす!」


 私はテーブルに両手を叩きつけて、開会宣言。クラリスとミスティアが「は?」という顔をした。


「突然うるさい」


「本日、祝宴の予定などは登録されておりませんが……?」


「ええーっ!? だって、ほら。せっかく三人で家借りたんだし、こういうのって大事でしょ? 最初のイベント感!」


 私は腰の瓢箪《酔楽の酒葬》をポンと叩く。


「というわけで、我が家の新たな歴史に乾杯――の前に! まずは料理だ!」


「……誰が作るの?」


「もちろん、みんなでだよ?」


 沈黙。


 クラリスとミスティアが、互いに顔を見合わせてから、そろって私を見た。


「いや、待って? なんで私を見るの?」


「……なんとなく、伊吹が一番不安だから」


「私も同意見です。調理工程の8割が“目分量とノリ”で進みそうですし」


「正解だけど、失礼では?」


 こうして、朝っぱらから始まった“引っ越し祝い共同料理作戦”。


 戦場は――台所だ。


 *


「よし、まずは定番から行こう。野菜炒め! シンプルイズベスト!!」


「了解。野菜はすでに刻んであります」


「私、火加減担当。正確な中火で」


 鍋に油を引き、ミスティアが淡々と材料を投入。クラリスが火力を調整し、私は横で調味料を担当することに。


「塩と胡椒ね。だいたいこんくらい……」


「待って。いま、目分量で入れた?」


「そうだけど? 舌で調整する派だし」


「伊吹、計量スプーン使って。これは実験じゃなくて料理よ」


「堅っ……!」


「完成まで2分18秒……すこし火が強すぎました」


 できあがった野菜炒めは、見た目こそ悪くない。


 でも。


「……うん、“普通”!」


「“普通”ですわね」


「“標準的な味”です」


 まさか三人そろって感想が一致するとは。味はまとまってるけど、なんか物足りない。いわゆる「美味いッ……!」ってならないやつ。


「次、シチューに挑戦しよう」


 そして始まる、第二ラウンド。


 *


「伊吹、ホワイトソースを溶かすタイミングが早すぎます」


「なんでよ、早く入れたほうが煮込まれる気がするじゃん」


「クラリス、にんじんの切り方だけ異常に細かいんだけど……?」


「料理本で“均一な火の通り”って言ってたから」


「この工程、必要ですか? 私は炭酸で煮込みたいのですが」


「それはやめて」


「でも、味が染みやすいと聞きました」


「それ、肉じゃがの話じゃない……?」


 ミスティアの謎の“炭酸推し”により、シチュー鍋に一瞬だけ炭酸水が投入されるという事故も発生。最終的にはなんとか修正したものの、仕上がりは――


「また“普通”!!」


「……素材の味は生きてる、はず」


「牛乳の仕事です」


 三人でうつむいた。


「なんで、こんなに料理って難しいんだ……」


「手順どおりにやってるのに、なぜか物足りない……」


「……やはり炭酸不足?」


「違うと思う」


 それなりに美味しい。でも、感動がない。ぬるっと胃に入って、あとはただ満たされるだけ。


 ――そんな食事。


「よし、決めた」


 私は立ち上がり、ぴしっと指を天井に突き立てる。


「この世界で、“めちゃくちゃ美味いもん”を探す旅に出よう」


「旅って、いきなり話が大きくない……」


「旅、ですか……?」


「今のままじゃ、腹は膨れても心は満たされないじゃん?」


「……その言い回しだけは、妙に説得力あるのが腹立つ」


 クラリスが溜め息まじりに呟いた。


「そういうわけで!」私は宣言した。「明日からは――《うまいもの探検隊》、始動だ!」


「命名センス、酔ってるの?」


「でも、伊吹さんらしいです」


 三人の食卓に、笑いがひとつ落ちた。


 “普通”の料理の先に、“最高”を目指す日々が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ