夜語り、過去に揺れるアルコール
拠点のリビングに、静かな夜風が吹き込む。
ミスティアが用意した小さなアロマ灯の明かりが、部屋の壁にゆらゆらと影を揺らしていた。
私はソファにもたれながら、ほのかに冷えたビールをちびちびと飲んでいた。先ほど試した“銀色のあれ”の残りだ。
クラリスはブランケットを膝にかけ、ミスティアは湯気の立つ炭酸茶を手にしている。
「……なんだか、こういう時間って、すごく“こっちの世界”っぽいね」
私がそう言うと、クラリスが眉をひそめた。
「“こっち”……?」
「あ、ごめん、ちょっと昔話というか……前にいた場所の話なんだけどさ」
私は、酔いでほんのり赤くなった頬を指で押さえながら、ぽつりと呟いた。
「前にいた場所――今とはちょっと違っててさ。酒も美味しかったし、道も舗装されてて、光が夜でも消えないようなとこ」
向こうでお酒飲んだことないけど。
「……ずいぶんと発展した場所ですね」
ミスティアが、やわらかく笑う。
「うん。あっちでは“ビール”も“ワイン”も“ウイスキー”も、銘柄だけで千種類以上あったんだよ」
「千!? それは……ちょっと想像できないわね」
クラリスが呆れたように笑う。私は肩をすくめた。
「で、その世界で……私、最後に飲んだ?のがスピリタスっていうね、ほぼ消毒液みたいな酒だったんだ」
「しょ、消毒液……?」
「うん。それを加湿器に入れて――まぁ、ちょっとやりすぎちゃって、気がついたら、ここ」
私は空になったグラスを回しながら、ぽつりと言う。
「んで、目が覚めたら、神様がいてさ。バッカスって名乗ってた。“この世界でも酔わせてやるよ”って言って、瓢箪くれたの」
「……それが、《酔楽の酒葬》?」
「そう。さすがお酒の神様!」
私は笑って、腰の瓢箪を指でとん、と叩く。
「この瓢箪、飲むための道具かと思ったら、武器にもなるんだよね。しかも“本気で酒を愛してる奴”にしか使いこなせないんだってさ」
「……ふふっ。まさに、伊吹にしか扱えない道具ね」
クラリスが、ソファの背にもたれかかりながら笑う。
「ええ……でも、それを聞いて、なんだか安心しました」
ミスティアの声は、とても静かだった。
「だって――あなたは、この世界に来ても、“酒が好き”という気持ちは変わらなかったから」
「うん。そこだけは、たぶん、何回生まれ変わっても変わんない」
私はグラスを置いて、天井を見上げる。
あっちの世界では、もっと自由だった。だけど、今のこの時間の方が、ずっと穏やかで――
「こっちの世界にも、“酔える夜”があってよかったよ」
そう言って私は目を閉じた。
アロマの香りと、遠くの風が、ふんわりと頬を撫でていく。
――これが、戦いのあとに訪れる“静けさ”ってやつか。
私は、たぶん、少しだけ――この世界が好きになっていた。




