酔いどれ進化論
クエストを終えた翌日、丸一日を休養に当てたその夜。
拠点のリビングに、ふわっとした静けさが心地よい空間。
私はテーブルの前で、腰の瓢箪――《酔楽の酒葬》を手に取る。
「ねぇ、ちょっと試したいことがあるんだけど」
「今さら一杯とか言ったら怒るわよ?」
クラリスが腕を組んでジト目を向けてくる。
「違う違う、進化の報告」
私はにやっと笑って、瓢箪の口をゆるめる。
「ほら、戦闘中に思ったんだよ。霧魔獣とのバトル、かなりヤバかったじゃん? それで……気づいたら、これ――ちょっとすごいの出せるようになってた」
「“すごいの”?」
ミスティアが小首をかしげる。私はためらいなく瓢箪を傾けた。
――とくとく、と音を立てて注がれたのは、透き通る淡い黄金色の液体。
泡立ちは細かく、見ただけで喉が鳴るような切れ味があった。
「これは……?」
「えーとね、“銀色のラベルで、キンキンに冷やすと仕事終わりの一口が最高なやつ”。かな?」
クラリスとミスティアが目を丸くする。
「……ビール……?」
「たぶん“アレ”だよ。私が知ってる銘柄が、今は出せるようになった。しかも――」
私はひと口、ごくりと飲み下した。
――びり、と全身を走る軽い電流。
脚が軽くなる。視界が冴える。内臓が“戦闘モード”に切り替わった感じ。
「やっぱ、きた。《スプリントフォーム》……俊敏系のバフが強くなるやつ」
「まさか、お酒によって効果が違う……?」
「そう。たとえば――」
私はもう一つ、別の銘柄を出す。香りは芳醇、泡は繊細、色味は濃くて、喉越しよりも余韻重視。金色のラベルが目に浮かぶようなやつだ。
「これは“コクと香りがプレミアムなやつ”。飲んでみる?」
「……いや、私はやめておく」
クラリスは眉をひそめながらも、興味は隠せてない様子。
「私も……見るだけで酔いそうです」
ミスティアも遠慮がちに笑う。
「効果はたぶん“集中力強化+微回復”かな。長期戦とか、バランス型の戦闘に向いてる」
「つまり、伊吹が知ってる?お酒の種類と銘柄ごとに――発動する“バフ”が違うってこと?」
クラリスが呟き、少し真面目な顔になる。
「それ……かなりの能力じゃない」
「うん。だから、これからは“銘柄選び”も戦略になる。いい感じに酔って、いい感じに勝つ! そんなスタイルでいこうかなって」
「軽いな……でも、頼もしいわ」
クラリスがため息をつきながら、ほんの少しだけ笑った。




