プロローグ3
「それでは、得意げに“いい話”をさせていただきますね」
そう言って、酒神バッカスは自信満々に語り出した。
――要約すると、こういうことらしい。
ここではない世界、すなわち異世界には“魔王”なる存在がいて、そいつが率いる魔王軍の侵攻によって、その世界は今、かなりヤバいらしい。
その世界には魔法があって、モンスターがいて、独自の食べ物や……そしてもちろん、お酒もある。
「その世界で命を落とした人間の多くは、魔王軍に殺されています。そのため、生まれ変わっても“またあんな死に方をするのは嫌だ”と恐れ、ほとんどの魂が転生を拒否してしまうのです」
ふむふむ。
「出生率が下がれば、世界そのものが滅んでしまう……。それでは困る。そこで、私たち神々は考えました。そうです、答えは簡単――」
バッカスは指を鳴らし、満面の笑みを浮かべた。
「だったら、他の世界で死んだ人間を異世界に転生させちゃえばいいじゃん、って!」
さすが神様。言ってることはアホっぽいのに、スケールだけはデカい。
「どうせ送るなら、若くして死んだ未練のある人を、記憶を持たせたまま。言語習得、身体能力の向上、さらに“特典”として、好きなものをひとつだけ持たせています」
「……特典?」
「神器でも、スキルでも、才能でも。あなたの望むものを、ひとつだけ」
「……へえ、面白いですね」
テンションが、上がってきた。
「でも、ひとつだけ聞いていいですか。異世界のお酒は飲めるってことですが、現代のお酒は?」
「そこはご安心を。あなたには、私の加護を授けましょう」
バッカスが胸を張る。
「任意のお酒を造り出す能力です。ビールも、ワインも、ウイスキーも、スピリタスも、なんでもどうぞ!」
「……なにそれ最高!!」
「さらに造ったお酒を飲めば、一定時間、ステータスが上昇します。“酒バフ”です」
酒バフ!強すぎる。
「その力を活かすため、肉体年齢は十六歳に固定します。あちらの世界では、その年齢でお酒が飲めますからね」
「……完璧じゃないですか!」
「ただし。他の特典は付与できません。それでも?」
「全く問題ありません! ぜひ、それでお願いします!」
「さすがですね。私の眼に狂いはなかった」
私の足元に、青白く光る魔法陣が浮かび上がる。
「では、そこから動かないように。大江山伊吹さん、あなたを異世界へと送り届けます」
バッカスが優しく言う。
「勇者候補のひとりとして。そして、もし魔王を倒した暁には――神々より、願いをひとつだけ叶えましょう」
「……願い?」
「ええ。世界を救った英雄への褒美。どんな願いでも、ひとつだけ」
たとえば、現代に帰るとか。
過去に戻るとか。
けれど私は、もう決めていた。
「私の願いは……酒神バッカス様の造ったお酒が、飲みたいです」
バッカスは、ふふっと笑って、瓢箪を撫でる。
「ええ。いいでしょう。魔王討伐の暁には、いくらでもごちそうさせてください。神酒、今から造りためておきますね」
その言葉に、胸が熱くなる。
神がこの世で最も尊いとした、究極の一献。
それを味わうためなら
――私は、世界だって救ってみせる。
「さあ、勇者よ。願わくば、数多の候補たちの中から、あなたが魔王を打ち倒すことを祈っています……」
酒神バッカスの厳かな声が空間に響いた。
次の瞬間、私は光に包まれる。
異世界と、美酒の香りが、私を呼んでいる――!