泡と霧のあいだに
「推薦依頼……?」
テーブルの上に広げられた封筒。その中には、ギルド印のある依頼書と、詳細な地図、そして警告の赤いスタンプが押された紙が同封されていた。
「“泡鳴区・東方森林帯の霧魔獣調査”……?」
クラリスが依頼内容を読み上げると、ミスティアが小さく眉をひそめる。
「この地域……確か“腐食霧”が発生することで有名な危険地帯です。過去にも何件か、金属装備の冒険者が被害を受けたとか」
「それってつまり……装備が溶けるってこと?」
「可能性は高いですね。ですが、この依頼内容……」
ミスティアは依頼書を指でトントンと叩きながら、落ち着いた口調で続ける。
「“湿気の多い地域での魔物調査において、特殊な水性魔法が有効であると報告あり”。……つまり、泡沫魔法のことを指しているのではないかと」
「おおお~! つまりこれは、ミスティアへの“指名依頼”ってことだよね!」
私は勢いよく立ち上がると、両手をバッと広げる。
「これはもう、やるしかないでしょ。わが《酔いどれ旅団》、いよいよミスティアの炭酸パワー全開の時が来た!」
「炭酸パワーて……もう少しまともに言いなさいよ」
クラリスが呆れ顔でツッコミながらも、依頼書をじっと見つめたままうなずいた。
「でも確かに、これは私たちにとって“意味のある依頼”かもしれないわね。得意分野が活かせるってことは、それだけ成功の可能性も高い」
「でも油断は禁物です。腐食霧に加え、現地には“霧魔獣”と呼ばれる未知の個体が確認されているようですから」
「よし、なら今夜は準備に充てて、明朝出発ってことで!」
私は気合いを入れて拳を握る。――次の一歩が、今までと違うことは、三人とも感じていた。
だってこれはただの依頼じゃない。
“酔いどれ旅団”にとっての、**最初の“試される旅”**だから。
「じゃあ、準備リスト作戦発動だ! ミスティア、炭酸チェックよろしく!」
「了解です。泡沫魔法・零式は霧の撹拌に使用、滑層は移動補助として……」
「私は剣の手入れと、霧対策の布装備を追加しておく」
「私は……やっぱりビール多めに持ってく! あと、しょっぱい系のつまみも忘れずに!」
「……食料じゃなくて嗜好品ばっかりじゃないのよ」
そんな調子で、準備の夜は更けていく。
けれど――その森の霧の中で、泡と霧がぶつかりあう、奇妙な戦いの幕が上がろうとしていた。




