引っ越し初夜
引っ越し初夜―。
泡鳴区の新拠点には、必要最低限の備えしかなかった。
これはいけない。
「これは……早急に買い出しが必要ですね」
ミスティアがメモ帳に淡々と書き込みながら言う。彼女はこういうところ、ものすごく実務的だ。
「食器も調理器具も揃ってないし、まずは“暮らせる環境”から整えよう」
クラリスが地図を広げつつ、近場の家具店や市場をピックアップしていく。
「おーけー! それじゃあ明日は“家具と雑貨とちょっとおつまみ探しツアー”だね!」
「つまみ優先する気でしょ、絶対」
「いやいや、ちゃんとバランスを考えるよ! たとえば“座布団兼・おつまみ置きマット”とか」
「そんなピンポイント商品あるわけないでしょ」
クラリスの冷静ツッコミが新居にも木霊する。
「でもさあ……こういうの、ちょっとワクワクしない?」
私はゴロリと床に寝転がって、天井を見上げる。
「何もない部屋。これから何を置くか、どんな風に暮らすか、自分たちで決められるって、なんか――“新しい生活”って感じでさ」
「……うん、わかる気がする」
クラリスが小さく笑う。ミスティアも、そっと炭酸水を口にしてうなずいた。
「では明日は朝から買い出しに。各自、必要なものをリストアップしておきましょう。ちなみに私は、調合用の小瓶と保存棚が必要です」
「私は……とりあえず寝具一式かな」
「わたしは冷えたビールが安心して置ける“専用ビール棚”と“つまみ収納ラック”!」
「……もう少し生活感のあるものを優先しようよ、伊吹」
「わかってるってー。でもそのうち絶対買うよ?」
引っ越し祝いとは名ばかりの“お酒抜き晩餐会”を終えた私たちは、リビングでゴロゴロしていた……が。
その夜、事件は起きた。
「お風呂上がりました……失礼します」
「ちょっとタオル借りるわね、伊吹」
――目の前に現れたのは、寝間着姿のクラリスとミスティア。
クラリスは薄手のシャツにハーフパンツ。髪を下ろしてて、ほわっとお風呂上がりの湯気感ある感じで……え、なにこの優勝ビジュアル。
ミスティアはというと、ゆったりとした水色のルームワンピースに、ポニテをほどいたしっとりヘア。ちょ、ちょっとだけ前髪濡れてるのずるくない? なんでこんな透明感あるの?
(これは……眼福ッ!!)
私はソファの上でぐるぐる転がりながら、全力で興奮していた。
(いや待って、これが“拠点で共同生活”ってやつ!? 毎晩このエロさを浴びる生活が始まるの!? 控えめに言って最高すぎるんだけど!?)
「……伊吹、顔が真っ赤だけど風邪?」
「大丈夫ですか? 水でも持ってきましょうか?」
「いやっだいじょぶです元気ですッ!!!」
私は無理クッションを顔に押し付けて誤魔化した。
……ふう。新生活、幸先よし。ちょっと興奮しすぎて寝つけなかったけど、それもまた良し。




