ごはん、無料(ただ)ってつらい
ギルドでの祝勝会から一夜――
私は今、頭痛と胃もたれと戦いながら、市営食堂の前に立っていた。
「……これが……無料の力……!」
ふらふらとした足取りで入店する。
クラリスとミスティアはすでに先に来ていて、テーブル席に座っていた。
「伊吹、大丈夫?」
「見た目がすごく具合悪そうです」
「……わたしの二日酔いは、想定の範囲内……」
「それ、戦場で言ってる場合は死ぬやつよ」
クラリスが肩をすくめながら、卓上のメニュー表を渡してくる。
「はい、これ」
「えーと……」
メニュー表には、やたら元気な手書きのイラスト付きで、
・勇者のスタミナ煮込み
・伝説の水炊き
・鉄壁のコロッケ
・栄光の白米(おかわり自由)
※すべてDランク依頼報酬・食事券対象メニューです。
「……ネーミングだけでお腹いっぱいになりそう」
「味は、まあ、うん」
クラリスが微妙な顔をした。
「私、さっき“伝説の水炊き”を頼みましたけど……たぶん伝説にはなりません」
「味が薄いんです。水の伝説ですね」
ミスティアの冷静なツッコミが刺さる。
「じゃあ私は、“鉄壁のコロッケ”で……。胃に優しいかもしれないし」
注文してからしばらくして、銀のプレートに乗ったコロッケが運ばれてくる。
衣は分厚くてザクザク。見た目は悪くない。が――
「いただきます」
ひとくち。
「…………」
次の瞬間、私は、無言で水をがぶ飲みした。
「……これ……口の中の水分、全部持ってかれるやつ……!!」
「でしょうね」
クラリスが頷き、ミスティアが「今、まさにそれを言いかけていました」と静かに続ける。
「中の具、ジャガイモじゃなくて謎ペーストだった……。味は“コロッケ”という概念の断片……」
「無料って、優しさだけじゃないのね……」
しんみりしたところで――
「あら〜、お三方、ここでお会いするなんて奇遇ですね〜!」
聞き覚えのある、ふんわりした声。
振り返ると、ミナさんが白いブラウスにゆるスカート姿で立っていた。ギルド制服じゃない私服姿だ。
「ミナっち!? 私服ミナっち!? 天使か!?」
「そんな、大げさですよ〜。今日はお休みなので、ここでお昼をと思いまして」
ミナさんは私たちのテーブルにそっと腰かけると、メニューを見て、ほんのり笑った。
「どれも、すごく……健康的な味ですよね」
「オブラートっ……! やさしい……!」
「食事券の利用、ありがとうございます。あの案件、けっこう危険だったのに……無事でほんとによかったです」
ミナさんの笑顔が、胃にも効くような気がした。
「ミナさんは、どれ頼むの?」
「えーと、私は“栄光の白米”と、“勇者のスタミナ煮込み”にしようかな〜」
「まさかのフルコース……!」
「……おなかすいてるんです」
ミナさんは少しだけ照れたように笑った。
その笑顔を見て、私はふと思う。
こうしてバカみたいな味のごはんを笑い合いながら食べられる日がくるなんて、想像もしなかった。
私の旅は、お酒を求める旅。
でも今は少し違う。
お酒だけじゃなく、仲間と笑える時間――それも、酔いに負けないくらい気持ちいいんだ。
この気持ちよさをずっと続けていたい。
「……よし、次も頑張ろう」
「えっ? 今の流れで!?」
「胃に、コロッケの鉄壁を築きながら、私はまた冒険に出るよ……!」
そう宣言した私は――
このあと結局、トイレで20分動けなくなった。




