プロローグ2
「……ひとつ、聞いてもいいですか」
私の問いかけに、美青年はこくりと頷いた。
「どうぞ?」
「……私の死因は、何ですか? 私は……お酒を一滴も飲めずに死んだのですか?」
それは、私にとって、あまりにも重要なことだった。
今までの人生は、お酒を飲むためだけにあった。
なのに、お酒を口にすることなく人生を終えたなんて、そんなの――ありえない。
「あなたは酔って亡くなりました」
「……よかった……」
ちゃんと酔って、死ねた。
ほっと息を吐いた私を見て、美青年が小首をかしげる。
「まあ、あなたは“お酒を飲んで”酔ったのではなく、“大気中に散布された高濃度のアルコール”を吸い込んだことで亡くなったんですけどね」
「…………はい?」
今、この人、なんて言った?
「加湿器にスピリタスを入れて使用したらダメですよ。アルコール中毒で死にますから」
アル中……。
私の死因、アルコール中毒……?
いや、まあ、それはそれで酒好きとしては本望な気もする。
でも、問題はそこじゃない。
「……お酒は……飲めなかったんですか?」
「ええ。一滴も飲んでいません」
「…………はい?」
「あれだけ大量に買ったお酒を、一滴も」
「………………」
「ちなみに、そのお酒は遺族の方々が葬式で全部飲み干しました」
私は、お酒を飲めずに死んだ。
お酒に触れることなく、この世を去った。
――それを知った私は、静かに頭を抱えた。
「……さて、あなたの死因の話はこのくらいにしておきましょう。これ以上続けると、私の心が痛みそうです」
「…………」
「改めて、初めまして。大江山伊吹さん。私の名前はバッカス。酒神バッカスです」
酒神――バッカス。
その名を聞いて、思わず顔を上げた。
無類の酒好き(飲んだことない)である私は、その名前をよく知っている。
葡萄を育て、お酒を造り、人々に陶酔と祝祭をもたらした、酒の神。
でも、どうしてその神が、私の前に?
「私たち神には、死んだ人間を導くという仕事があります。……さて、大江山伊吹さん。あなたには二つの選択肢があります」
「選択肢?」
「ひとつは、人間として生まれ変わり、記憶を失って新たな人生を歩むこと。もうひとつは、天国で安らかに過ごすこと」
「……天国に行けば、お酒は飲めますか!?」
「残念ながら、天国にはお酒はありません。それどころか、何もありません。あなた方が想像するような素敵な場所ではないのです」
「…………何それ、地獄?」
お酒がない世界なんて、私にとっては拷問と同義。
かといって、また赤ちゃんからやり直して、記憶も消えるって――。
それも、いやだな。
私が悩んでいると、バッカスがふふっと笑った。
「お酒が飲めない天国なんて、行きたくないでしょう? かといって、記憶を失って生まれ変わるのも不本意ですよね。……だったら!」
彼は指を鳴らし、にっこり笑った。
「ちょっと、いい話があります!」