パーティーに炭酸系女子が加わった!
「すみません、少し失礼します――」
ギルドの扉が重々しく開き、静まり返った空間に軽やかな足音が響く。
入ってきたのは、背筋をすっと伸ばした水色のローブの女性だった。涼やかな水髪をポニーテールにまとめ、腰には銀細工の美しい杖。顔立ちは整っていて、なにより――背が高い。
クラリスよりも頭ひとつ分は高く、175センチはありそうだった。
「……あれ、誰?」
私は小声でクラリスに訊いた。
「ミスティア。確かギルド所属の水魔法使いよ。けど、あまり誰かと組んでるのを見たことないわね」
その名が聞こえた瞬間、まわりの冒険者たちの空気が微妙に変わった。
「あー、炭酸の人か」
「また一人で依頼出す気かよ」
「そりゃあ組むやついないよな」
そんな囁きが、テーブルのあちこちで交わされる。
「……雰囲気悪っ」
私は思わず眉をひそめる。
当の本人は、その空気にまったく動じる様子もなく、カウンターへと歩いていく。
「依頼の確認に参りました。昨日提出したものの内容に変更はないかと」
その口調はどこか理知的で、淡々としている。感情を抑えているというよりは、他人と距離を取ることに慣れきっているような、そんな声音だった。
「あっ、ミスティアさん。はい、こちらで確認いたしますね〜」
ミナさんが微笑みながら書類を取り出すが、その笑顔にもどこかぎこちないものが混ざっているように見える。
「ねえクラリス、あの人……なんであんなに避けられてるの?」
「詳しくは知らないけど、噂では“普通の水魔法が使えない”らしいわ」
「え、それだけで?」
「じゃないのよ。なんでも特殊な水しか出せないんですって。魔力量も威力も申し分ないのに、出るのが変な水。だから、扱いづらいって敬遠されるみたい」
「……変な水?」
そんな中、ふとミスティアの視線が私たちに向く。
「あなたたち、《地下水路の魔草駆除》を受けたパーティーですね?」
「あ、うん。びしょ濡れの実績付き」
「お疲れさまでした。あの案件、私も以前下見をしました。ソロでは危険と判断して見送ったんです。誰も受ける人がいないので頻繁にクエストに出されるんですよね」
「もっと早く言ってぇぇぇえ!!」
私が突っ伏すと、クラリスが苦笑しながら背中をぽんぽんと叩く。
「あなたが、ミスティアさん?」
私は机に突っ伏したまま、視線だけを彼女に向ける。
「ええ。そう呼ばれています」
「わたしは伊吹。酒と美少女と隣にいるクラリスをこよなく愛する新人冒険者です」
「……奇抜な自己紹介ですね」
ミスティアの眉が少しだけ動いた。
「でさ、ミスティア。水魔法使いって、強いんじゃないの? なんで一人なの?」
「……私の魔法は、通常の水ではなく、炭酸水しか扱えません」
「炭酸水!?」
私はがばっと顔を上げた。
「それって――お酒割れるじゃん!!」
「……はい?」
「ハイボール、酎ハイにサワー、全部いける! あなた、私の瓢箪と組んだら最強のバーテンダーコンボだよ! もう旅回りの酒場開けるレベル!」
「……戦闘の話では?」
「戦闘にも使えるじゃん! 泡で視界を塞いで、泡で滑らせて、泡で顔面直撃! 可能性しか感じないってば!」
ミスティアの目が、わずかに見開かれた。
周囲の冒険者たちは、ぽかんと口を開けている。
その中で私は真剣そのものだった。
「ねえ、ミスティア。私たちと組んでみない? 一緒に酒と旅と、たまに世界を救おうよ」
「……あなたたち、私を“変わり者”だと笑わないんですね」
「むしろ最高だと思ってるよ!」
「私たちもだいぶ変わり者だから」
「炭酸水だろうとなんだろうと、私たちは力を貸してくれる仲間を歓迎するわ」
「私たちはまだ駆け出しだけど……でも、信頼できる仲間が欲しいのは一緒よ」
少しの沈黙の後、ミスティアはそっと頷いた。
「……わかりました。一度だけ、試させてください」
「やったあああああ! お酒と炭酸の化学反応パーティー結成!!」
こうして、孤高の水魔法使い・ミスティアが、私たちのパーティーに加わることになった。
炭酸水とお酒と剣。妙な組み合わせだけど――なんか、ワクワクしてきた。




