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異世界に酒税法は存在しねぇんだよぉぉぉ!!  作者: ヒオウギ


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二件目のクエスト:失敗と帰還

 ギルドの重たい扉を、どしゃ降りにあったような気分で押し開けた。


「……ただいま戻りましたぁ……!」


 私、伊吹(いぶき)とクラリスは、全身びしょ濡れ&ドロまみれという見るも無残な姿で、冒険者ギルドの受付に戻ってきた。


 ミナさんがいつも通りふんわりとした笑みで出迎えてくれる。


「おかえりなさいませ〜……って、えっ!? 伊吹さん!? そのお姿……!」


「わたし、今日という日を……一生忘れない……」


 膝から崩れ落ちた私の髪から、地下水路特有のぬめった水がポタポタと滴っている。泥臭さと植物の青臭さが混ざった匂いは、ファブ◯ーズ10本でも勝てなさそうなレベル。


「魔草……あれ、植物の皮をかぶった悪魔だった……」


「完全に油断してたわね。あんなに早くツルを伸ばしてくるなんて……」


 クラリスはいつも通り冷静に総括しているが、彼女のマントも裂け、剣はヌメった胞子で変色している。


 今回の依頼――正式名称《地下水路の魔草駆除》。


 市政管理局から出されたDランクの討伐依頼で、地下水路に繁殖した魔草の根株を除去するというものだった。


「報酬が金貨十枚に市営食堂の食事券だった時点で気づくべきだったんだ……」


 クラリスがぼそっと呟く。


 そう。Dランクにしては破格すぎる報酬には、やっぱり理由があった。


 地下水路は想像以上に狭く、湿気と苔で足場はツルツル。火気厳禁のため酒バフも封印され、魔草の胞子で視界が真っ白に――。


「しかも胞子吸い込んだら、五感がおかしくなったんだよ! クラリスの声がサカナの鳴き声に聞こえたもん!」


「それは私じゃなくて後ろの配管の音よ。もう、正面の根株に集中してって言ったじゃない」


「だって視界がぐにゃぐにゃで前も後ろもわからなかったんだよぉ……!」


「おふたりとも、怪我は……ありませんか……?」


 ミナさんが心配そうに身を乗り出す。


 その優しさに癒されながらも、私はずるずると床に座り込んだ。


「ないけど……精神ダメージが深刻……。ミナっちぃ、Dランクって、もっとこう……初心者向けじゃないの……?」


「えっと……本来はそうなんですが、今回の依頼は“市政案件”でしたから……」


「……市政案件?」


「はい。公共施設の維持に関わる依頼は、危険があっても予算で報酬を積めることがあるんです〜。だから金貨十枚も……」


「それ先に言って……!」


 思わずカウンターに突っ伏すと、クラリスがため息混じりに肩を叩いてくれた。


「でも、撤退判断は悪くなかったわよ。あれ以上奥に進んでたら、確実に滑落してた」


「うん……たしかに根株が胞子まき散らす瞬間、床がうっすら光った気がした……」


「地下水路のコケは、胞子と反応して滑りやすくなるって文献にあったわ。あなた、ギリギリで踏みとどまってたもの」


「クラリス……ありがとう。クラリスは優しいな……。好き」


「酔ってないでしょ。正気で言うな」


「酔ってないよぉ。酔いたいよぉ。お酒ぇ……」


 私はまた泣きそうな声を漏らした。


 火気厳禁の場所では引火する可能性があるアルコールを使うことが出来ない。

 瓢箪の酒も泡の一滴すら出せなかった。

 今の私の戦闘スタイルが、いかにお酒頼りかを思い知らされた。


 ――もっと、強くならなきゃ。


 そう強く思った、そのときだった。


「すみません、少し失礼します――」


 ギルドの扉が開き、スラリとしたシルエットの女性が入ってくる。


 薄い水色のローブをまとい、艶やかな水髪をポニーテールに束ねた美しい魔法使い。腰には銀細工の杖が輝いていた。


 誰もが彼女の気配に息を呑んだ。


 ――彼女こそが、水魔法の達人。私たちの旅に後から加わる最強の“水魔法使い?”だ。


 ミスティアとの出会いは、泥と失敗の中から始まった。

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