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異世界に酒税法は存在しねぇんだよぉぉぉ!!  作者: ヒオウギ


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断てぬ者たち

 頭が割れるように痛い。


 舌が干し椎茸みたいになってるし、喉が火山灰で詰まったみたいだし、胃は遠くで泡吹いてるし。


 わたしは今、全力で後悔していた。


 二日連続の祭りは、最高だった。

 新しい酒バフが発現したことをエルフたちが祝ってくれた。


 焚き火の周りで踊る葉衣の精霊たち。

 月光茸の蒸し焼き、焼き樹皮パイ、花蜜ゼリー。

 そしてなにより、森彩の涙(セレスティアル)――あの神酒の味ときたら、身体が透き通るような甘露と火のハーモニーで。


「ほわぁ……これ……飲んだら美しくなれそう……」


 とか言って、数えきれないくらい飲んだ。


 しかも、クラリスとミスティアに煽られて、宴の終盤には酒バフ実験と称して何種類も飲み比べた。


 ──その結果が、今これである。


「うぅ……お布団ってすごい……葉っぱなのに世界で一番愛おしい……」


「もう、伊吹さん……私まで苦しくなってきました……」


「……昨夜のわたしを誰か処して……なんであんなに飲んだの……」


 クラリスもミスティアも、わたしと同じく地獄の業火の中でもがいていた。


 ベッド代わりの木陰の寝床に、三人してうつ伏せに並び、呻き声と共に微動だにしない。


「水……水ぅ……」


 誰が口にしたのかも覚えてない声に応えるように、入り口の影が動いた。


「寝起きが悪そうだな、酔いどれども」


 その涼やかな声に、反射的に目だけを開けた。


 立っていたのは――レイリナだった。


 背筋を伸ばし、朝の風を纏うように佇む彼女は一切の二日酔いを感じさせない涼顔だった。


「……ずるい」


「……ずるいですよ」


「ずるすぎるでしょ……」


 三人の呻きがハモった。


 レイリナは頬を緩め、小さく笑った。


「我らエルフはな、基本的にアルコール耐性が極めて高い。というより“状態異常”に近しいものが通らない体質なんだ」


「ちょ、チートかよ……」


「そのかわり、一滴でも毒が混じるとすぐ気づく。命と食を繋ぐ我々には、それが必要だった」


「いや……必要とか関係なくずるい……」


「ちなみにこの耐性は、あの修行を年単位で続ければ、少しずつ獲得できるぞ?」


「それは勘弁してくださぁい……」


 わたしはバンザイしたまま崩れ落ちるように仰向けになった。


「断酒したら酒バフが強くなるのは良かったけどさ……結局これだもんなあ……」


「ですね……修行してお酒強くなったのに、結果として飲みすぎてこのザマですもんね……」


「学ばないな、私たち……」


 三人が再びうつ伏せになって沈んでいると、レイリナが静かに膝をついた。


 ふと、何かを布で包んだものを差し出してくる。


「飲め」


「え……?」


「エルフの解酒薬。蜂蜜と月光茸、それから甘露草の煮出し汁だ。即効ではないが、ゆっくりと効いてくる」


 受け取って、恐る恐る一口。


「……甘っ」


「苦っ」


「土……? これ、土じゃない?」


 味はひどい。でも、飲んだ瞬間、胃がふっと緩み、頭のモヤが少し引いた。


「……あれ? ちょっとマシになった?」


「する……わね……」


「エルフの叡智、すごいです……」


 三人が揃って寝返りを打ち、空を見上げる。


 葉の隙間から、柔らかな陽光が降り注いでいた。


「伊吹」


「ん?」


 レイリナがこちらを見下ろす。


 その瞳には、朝露のような透明さがあった。


「お前はまた、飲むのだろう?」


「……飲むね」


「後悔しても?」


「後悔するほど、またうまく感じるんだよ、酒ってやつはさ」


「ふっ」


 レイリナは立ち上がり、手を差し伸べてきた。


「ならば、飲め。だが、飲む理由は決して手放すな」


「……うん」


 わたしはその手を握り、立ち上がった。


「おいしいから飲む。楽しいから飲む。でも、一番は誰かと“笑うため”に飲むんだよ」


「それならば、お前が酔いつぶれても、我々が支えよう」


「頼もしいな……エルフの保険付きじゃん」


「断酒は……?」


 クラリスが半眼でツッコんできた。


「するって言ったでしょ?」


「昨日またしてないって言ってませんでした?」


「今日からが本当の意味での一日目だよ。リセットリセット」


「はあ……」


 ミスティアは苦笑していた。



 こうして、わたしたちは二日酔いの余韻を引きずりながらも、再び歩き出した。


 森の出口には、レイリナをはじめとするエルフたちが見送りに立っていた。


「また来てくれ」


「次は修行じゃなく、酒を飲むだけの旅に」


「今度は……二日酔いにならないように調整して飲みます!」


 口々に手を振りながら、わたしたちは森をあとにした。


 歩きながら、わたしはふと振り返った。


 森の中に、まだ微かに響いている。


 あの夜の葉笛の音、焚き火のきらめき、杯に宿った光の味――


「……ねえ、クラリス、ミスティア」


「はい?」


「わたしたち、今どれくらい強くなったと思う?」


「んー……修行前と比べて、少なくとも酒の強さは1.3倍くらい?」


「二日酔い指数は1.8倍ですね」


「精神力はたぶん、−0.2倍くらい下がってるわね」


「まじでか……」


 全員で笑った。


 そう、結局わたしたちは“断てなかった”。


 でも、それでいい。


 酒と一緒に、生きていく。


 笑って、苦しんで、後悔して、それでもまた笑って。


 それが、わたしの旅のスタイルだ。

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