酒弱美人と二件目のクエスト
発酵スライムを倒してから一夜。私とクラリスは、再び冒険者ギルドを訪れていた。
「おふたりとも、おはようございます~」
出迎えてくれたのは、昨日と変わらずほんわかした空気をまとったギルド受付嬢――ミナ・ルセットさん。黒髪ロングを白いリボンで結い、おっとりした美人そのもの。
けれど、どこかいつもより目元にクマが浮いているような……。
「ミナさん、もしかして寝てなかった?」
「えへへ……昨夜、ちょっと飲みすぎちゃって……」
「えっ、飲むんだミナさん!?」
意外な事実に、思わず声が出た。
こんな美人さんが酒をたしなむなんて、しかも顔がほんのり赤くなってて、なにそれエロい。
もっと早く知りたかった。
「でも私、お酒にすごく弱くて……ワイン半杯で酔っぱらってしまって……」
「えっ」
「それ、ほぼ体質的にアウトじゃ……」
クラリスのツッコミに、ミナさんは「でも香りが好きで……」と控えめに微笑んだ。
美人の酒弱属性、かわいすぎるだろ……。
「さてっ、今日はどんなご用件でしょう?」
「依頼を見に来ました。できれば……お酒絡みで」
「ふぇっ、また……! ええと……今朝届いたばかりのものがいくつか……」
ミナさんはカウンター下からバインダーを取り出し、ぱらぱらとめくっていく。その手つきすら優雅で、なんかもう見てるだけで癒やされる。
「あ、これなんてどうでしょう」
【依頼名】地下水路の魔草駆除(Dランク)
【依頼主】市政管理局
【内容】地下水路にて魔草の繁殖が確認された。範囲拡大を防ぐため、群生の中心と思しき「根株」の除去を希望。
【報酬】金貨10枚+食事券(市営食堂)
【備考】湿気・滑りに注意。火気厳禁。過去に滑落事故あり。
「魔草か……」
思わず顔をしかめた。
スライムはまだいい。ぷにぷにしてるし酒臭いし。けど、草はどうも地味な印象が強い。そもそもお酒に関係ない。
「クラリス、どう思う?」
「今はランク上げのためにも実績が必要よ。地味でも確実にこなしていかないと」
「ぐぬぬ……理論派め……」
でも確かに、少しずつ強くならないと、お酒の種類も増えないし、レベルも上がらない。
そして最終的に“神酒”に辿り着くためには、こういう地味な依頼も受ける必要があるのだ。
「報酬が金貨十枚……か。悪くはないかな?」
そう言いながら、私は脳内で換算する。
この世界の通貨は、おおまかに三種類。
・【銅貨】:パン1個や安宿の1泊程度。小銭。
・【銀貨】:装備やポーションなどの日用品を買える。庶民のメイン通貨。
・【金貨】:銀貨100枚分。冒険者や貴族が使うレベル。かなりの高額。
つまり、金貨10枚ってことは、銀貨1000枚分。ギルドの新人が受ける依頼としては破格だ。
「報酬、いいですね」
「それに食事券も付いてきますよ~。市営の食堂ですが、けっこう評判いいです」
「お酒は?」
「え?」
「お酒は出ますか?」
「えーと……たぶん、麦茶……?」
「麦茶……っ!」
肩を落としかけたけれど、クラリスが私の腕を小突いてくる。
「割り切る。これは酒のための布石よ」
「うぅ、了解……割るのはお酒だけでいい」
「ではこの依頼、受けます!」
「ありがとうございます! こちらにサインをお願いしま~す」
ミナさんの笑顔は今日も変わらず優しくて、ふんわりと癒やしオーラを纏っている。昨日と違うのは、酔いの残り香がほんのり漂ってくることくらい。
受付が終わると、彼女は控え室から依頼控えを持ってきてくれた。
「地下水路は滑りやすいのでお気をつけくださいね。あと……火気厳禁と書かれておりますので、お酒で爆発とか、されませんように……」
「何で知ってるの!?」
「……昨日のスライム、討伐報告の内容がすごかったので……」
「ふぇぇ」
やはり記録されてたか、スライム爆破。
爆破したのはお酒ではなく、金棒だけど。
ミナさんに見送られながら、私は心の中で誓った。
次こそは――ちゃんと、美味しいお酒を飲んでみせる……!




