雑味の真意
――爆ぜる。
爆ぜる。
何度だって、世界が焼き直される。
熱が皮膚を裂き、煙が喉を焦がす。
でも、痛みはもう“味”になっていた。
これが戦いの最中に嗅ぐ、最上の香り。
蒸留騎の剣と、わたしの金棒が再びぶつかる。
火花が咲いて、灰が舞った。
砦の天井は崩れ、空が覗く。
その空さえも、赤く染まっている。
「貴様は……なぜ、そこまで火を欲する!」
蒸留騎が叫ぶ。
胸部の蒸留器が不気味な音を立て、光が脈打っていた。
鎧の継ぎ目から漏れ出す炎が、まるで血潮みたいに噴き出している。
「火は造る者を選ぶ。扱えぬ者は焼かれ、滅ぶ。
それを知らぬ愚か者が、“雑味”を混ぜて酒を汚すのだ!」
「……へぇ」
わたしは鼻で笑う。
「でも――火ってのは、焼くだけが仕事じゃないでしょ」
蒸留騎の瞳孔が赤く開いた。
「なに?」
「火はさ。炙る。焦がす。燻す。焼く。溶かす。照らす。……いろんな顔してんの。
あんたが言う“純粋な炎”なんて、その一部でしかない!」
金棒を肩に担ぎながら、わたしは笑った。
口の中にまだ残る酒の熱が、心臓を叩く。
アンバーコアの光が身体を包み、汗の粒が琥珀に溶けていく。
「なにが“純粋”だよ。火も酒も、人間も――混ざって、濁って、はじめて旨くなるんだよ!」
「混ざり合うことなど、堕落だ! 理想を追えば、不純物は削ぎ落とされるべきだ!」
「削ぎ落とした先に、なにが残る?」
わたしの声が自然と張り上がっていた。
炎の轟音の中でも、はっきりと届くくらいに。
「透明なだけの液体か? それを“神に近い”って呼ぶのか? ……違う。
あんたが造ってるのは、ただの“燃料”だ。魂のねぇ酒だよ」
蒸留騎の剣が閃いた。
炎が壁を砕き、風が悲鳴をあげる。
その斬撃を、わたしは金棒で正面から受け止めた。
「ぐっ……!」
衝撃が腕を伝う。
骨が軋む。
でも、それでも――押し返す。
「人間は蒸留じゃない!!」
わたしは叫んだ。
「火に炙って、燻して、焦がして、それでも残るモンが、本物なんだよ!」
拳に力がこもる。
アンバーコアの輝きが、一瞬、心臓の鼓動と同調した。
「だからわたしは――爆発に笑って飛び込める!」
《酒技・酩酊琥珀!!》
全力で踏み込み、金棒を振り抜いた。
蒸留騎の胴をなぎ払うように、琥珀の光が奔る。
炎が逆巻き、爆発音が砦を揺らした。
「ッ……バカな……! 火を……抱えてなお、笑うだと……?」
「そりゃそうだろ。火は危ない。けど、危ないから――燃えるんだよ」
息を吐く。
肺の奥まで酒と煙で満たされた。
それでも、生きている感覚が心地いい。
蒸留騎が、ゆっくりと膝をついた。
鎧の隙間から漏れ出した光が、少しずつ弱まっていく。
「理解……できぬ。混ざり、濁り……それでなぜ、お前は輝ける……?」
「簡単だよ」
わたしは、瓢箪を軽く振った。
「飲めばわかる」
それは、冗談でも皮肉でもなかった。
本気で言った。
どんな完璧な酒よりも、不器用で熱い一口のほうが、ずっと人を救う。
わたしはそれを、この世界で何度も見てきた。
「純粋すぎる酒は、呑んだ瞬間に“終わる”んだよ。
でも雑味がある酒は、余韻が残る。
……人間も、同じ」
蒸留騎が、静かに剣を下ろした。
その刃先が砕け、赤い火花が零れ落ちる。
「貴様の雑味――確かに、熱いな……」
鎧の奥で、わずかに笑ったような声がした。
その瞬間、火がふっと弱まる。
燃える音が静まり、風の音だけが残った。
ああ――終わるんだな。
膝が抜け、わたしはその場にへたり込む。
煙の向こうで、クラリスとミスティアが駆け寄ってくる。
「伊吹さん! 無事ですか!?」
「なんとか、ね……。あー、喉がからっから……。酒くれ」
「まったくいつも通りで安心したわ」
ミスティアが呆れ、クラリスが苦笑した。
その笑い声に、ようやく平穏が戻ってくる。
――けど。
砕けた蒸留騎の鎧の中で、まだわずかに光が残っていた。
それはまるで、最後の火霊が形を保っているみたいに。
その光は、次の瞬間、琥珀色の滴となって地に落ちた。
ポトリ。
それが、《火霊の雫》の最後の一滴だった。




