烈火、立ち昇る
爆発が砦の天井を吹き飛ばした。
「……は?」
わたしの口から漏れたのは、呆然とした一言だけだった。
金棒《酔鬼ノ号哭》で薙いだ直後だった。
蒸留騎が酒気をまとい、刀を振り抜く。
その瞬間、世界が赤に染まった。
ごう、と耳をつんざくような爆音。
砦の壁が捩じれ、床石が浮き、熱風が突き上げてくる。
火柱の中心――そこにいたのは、蒸留騎だった。
まるで焔を纏った巨神。
肩口の蒸留器が高温で唸りを上げ、背中の排気管からアルコール蒸気が爆裂する。
「《蒸炎剣・烈式》」
機械のような声が低く響いた。
「今のが……剣技の“型”ってわけ……?」
わたしは焼けた地面を転がりながら、なんとか身を起こした。
腕が痺れている。
けど、意識はまだ落ちちゃいない。
視界の端、砦の瓦礫の陰で、ミスティアとクラリスが倒れていた。
ふたりとも大きな外傷はないが――一時的に吹き飛ばされたみたいだ。
わたしだけ、立ってる。
――いや、立って“しまった”。
完全に、狙われてる。
蒸留騎は言葉を発さず、ただ剣を構える。
その刃には、さっきよりもさらに赤黒く濁った炎が纏われていた。
「……それ、何仕込んだの?」
「《陽炎の核》」
わずかに応じるように、音声が漏れた。
《陽炎の核》――聞いたことがない。
ただそれが何なのかだいたいわかる。
伊達に酔いどれは名乗っていない。
(……“火霊の雫”を……)
あの、グラン=バルムの秘蔵酒。
特別な祭の時にしか開けない琥珀の宝。
蒸留騎は、それを――蒸留し直して、自分の核に仕込んだというのか。
それは、祝福の酒を“爆弾”に変えたってこと。
「……やってくれんじゃねぇの、ほんとにさ」
唇を舐める。
悔しさもある。怒りもある。
でもなにより、今のわたしを動かしているのは――
(あんな“熱”を使いこなしてるヤツがいるなら……ぶつけてやりたいじゃん、こっちの熱もよ)
「おい、蒸留騎!」
叫ぶ。
「そっちが火の化け物なら、こっちは人間だ! 雑味上等、蒸される前に……酔わせてやるよッ!」
酒葬の口を開き、酒気をぶちまける。
立ち昇る酒精の煙が、空気に混じっていく。
爆発を誘発するような――ギリギリのアルコール濃度。
狙いはその境界線。
「《酒技・酔気噴射》ッ!!」
酒気が霧となって奔流し、火の渦に飲み込まれていく。
それは誘爆だった。
空間ごと爆ぜる。
わたしは酒バフ《スモークフォーム》を限界まで引き上げ、金棒を前に跳び込んだ。
「《酒技・酔乱槌》ッ!!」
炸裂。衝撃波。火と衝突する衝動。
だが、蒸留騎はその炎の中心でわたしの攻撃を真正面から受け止めていた。
火花が爆ぜる。
金棒の柄が軋む。
だが、それでも倒れない。
そのときだった。
「……ッ、伊吹さんッ!! 下がって!」
ミスティアの声が飛んだ。
振り向けば、クラリスも起き上がっている。
「っ……今、何か来る……!」
気配。
空気が引き絞られる。
「――《真蒸法・焔封陣》」
蒸留騎が低く詠唱する。
その身体の内側から、光が走った。
熱が逆流する。
刹那――
全砦が呼吸を止めたような感覚に包まれた。
次の瞬間、世界が灼けた。
蒸留騎の背から放たれたアルコール蒸気が、全方位に爆ぜ、巨大な火柱となって天を貫いた。
「っが、あああッ!!」
わたしは吹き飛ばされた。
砦の床が割れ、壁が崩れ、視界が回る。
焼けた鉄のような熱気が肺に入り、頭が真っ白になる。
気づけば、仲間たちとは離れていた。
ひとり――炎の瓦礫の下。
息が、熱い。視界が赤い。
それでも、わたしは――
「まだだ……まだ終わっちゃ、いない」
震える指で酒葬を掴んだ。
微かに香る酒気があった。
焦げた空気の中に、それだけが――甘く、強く、残っていた。
(……この香り……)
(火霊の雫……?)
砕けた瓦礫の下で、樽の破片が転がっていた。
蒸留騎が取り込む前にこぼれた、最後の一滴――
わたしの鼻が、それを捉えていた。
脳が震えた。
「……いけるかも」
わたしは小さく笑った。
「再現してやる……あんたが奪った、その酒の魂――この酒葬で呼び起こしてやるよ」
焼けた瓦礫の中で、わたしの目が炎より熱く光った。




