余韻と瓶と、次の一杯
――祭の夜が明け、〈ロトヴィーノ〉の街は静かな余韻に包まれていた。
すっかり陽が高くなった広場のベンチ。
わたしはというとうつ伏せに寝転び、頬を風に晒していた。
「うぐ……二日酔い、ってやつ……」
赤ワイン、白ワイン、ロゼに加えて、地元の泡葡萄酒まで浴びるように飲んだ昨夜。
さすがに限界はあったらしい。
胃袋が怒り狂った反乱を起こしている。
耳元では、ミスティアの杖から炭酸音と共に冷たい《泡沫魔法・零式:エアボム(微炭酸ver)》が噴射され、額を冷やしてくれていた。
「助かるぅ……ミスティア、女神に見える……」
「飲みすぎですよ……。私は警告しましたのに……」
ミスティアは昨日と違い、清楚な水色のワンピースに着替えている。
お祭りが終わってもなお、品のある立ち居振る舞いは変わらない。
「ところで、伊吹さん。……あれ、どうしますか?」
彼女の視線の先にあるのは、傍らに転がった黒い瓶。
葡萄姫が最後に残していった、魔王軍の気配を帯びた酒器。
表面には禍々しい葡萄の蔦模様が絡みつき、栓は魔力で封じられている。
中身は決して祭りの席には相応しくない“何か”だ。
「……見た目はビンテージ、味はバッドエンドってとこかな」
瓶を持ち上げ、しげしげと眺める。
揺らしてみても中身の音はしない。
ただ、手に持っているだけで、指先がかすかに痺れる。
「葡萄姫が持ってたくらいだから。こいつも魔王軍が仕込んだ何かかな。……泡伯の黒瓶と、同じく」
「封印は解くべきでしょうか?」
「いや、まだ早い。飲むにしても、開けるにしても、タイミングってもんがある。酒飲みの勘がそう言ってる!」
「それは間違いなさそうですね」
それを袋に戻すと、くいっと立ち上がる。
今にも二度寝しそうなテンションだったが、その目だけは、ほんの少しだけ真面目だった。
その様子を、クラリスが少し離れた屋台の陰から見ていた。
彼女は未だワインの酔いが抜け切らないらしく、顔を手で扇ぎながら苦笑する。
「本当に……あの子は。どこまで行っても酒に振り回されている」
「でも、それでいて――」
クラリスの手が、そっと胸元のペンダントを握る。
昨日、葡萄姫との戦いのあと、伊吹が「飲み仲間の証だ」と無造作に手渡してきた三人おそろいの酔いどれマーク。
「私たち、また旅立つのですね」
「うん。黒瓶があるってことは、次もある。たぶん、もっと濃くてキツいヤツが」
指を鳴らすと、瓢箪から液体がすうっと溢れた。
葡萄姫との戦いの中で生まれた新たな酒バフ――《バランス強化・ロゼフォーム》の余韻が、まだ残っている。
喉の奥で、心地よい苦味が踊る。
「酔いの先に、何があるのか」
わたしは静かに笑う。
「見に行こう、次の一杯が待ってる場所へ」
そして、わたしたちは歩き出す。
葡萄畑に吹き抜ける風が、旅の始まりを告げるように、甘い香りを運んできた。




