泡と煙の共鳴式《バフ・フェスタ》
ぱしゅん、と瓢箪の口が音を立てて弾けた。
香ばしい焦げ香に、微かな柑橘の酸味。
それはあの夜みんなで飲んだ“泡鳴チューハイ”の匂いだった。
「……出た」
私の手元の瓢箪《酔楽の酒葬》から、しゅわしゅわと小さな泡を立てながら、淡い色の液体が流れ出る。
ついに――チューハイ、解禁だ。
「おめでとう、伊吹! あのチューハイが、正式に登録されたんだね」
「実戦運用も可能ってことですね……!」
クラリスとミスティアが、それぞれ目を輝かせている。
ここは泡鳴区の郊外、ギルドの訓練場を借り切った草地。
風は涼しく、空は高い。
まさに、酔いながら殴るには最高のコンディションである。
「よし、じゃあ……まずは基本のやつからいくか」
私は腰の瓢箪を傾け、口に流し込んだ。
最初に選んだのは――アイラ系、スモーキーウイスキー。
「《炎撃強化・スモークフォーム》――発動」
胃の奥から、熱い火種がぼうっと燃えあがる感覚。喉を通る頃にはもう、私の体は燃えていた。
目の前の標的――巨大な訓練用の魔導人形へ、私は飛び込む。
「うおらあああっ!」
振り下ろした酔鬼ノ号哭が、一瞬、橙色の尾を引いた。
ぼっがあああん!!
爆発。
魔導人形が木っ端微塵に吹き飛んだ。
いや、火花すら散ってた。爆発属性、恐るべし。
「……すごっ」
「爆発……しました……ね」
ふたりがぽかんと口を開けている。
ふふふ、いいぞ。やっぱスモーキー系はロマンがある。
炎撃に乗せて一撃の重みが倍増。
「んじゃ次、チューハイね」
ごくり。次に飲んだのはレモンサワー系。
「《瞬発上昇・サンダーフォーム》、発動――」
頭のてっぺんがピリッとしびれる。筋肉がざわつき、指先まで電気が走る感覚。
「おおおお!? 足が勝手に――!」
ドシュッ。
一歩踏み出しただけで、私は訓練場の向こう端まで吹っ飛んだ。
風を切る。草をかき分ける。なんだこのスピード。
「っぶね!? 止まれ、止まれっ……あぶなっ!」
がしゃん!
全身を使ってブレーキをかけ、どうにか木に激突する前に停止。
瞬発力がバカみたいに上がってる。スピード狂向けのフォームだこれ。
「だ、大丈夫? 伊吹……!? すごい加速だったけど…!」
「転倒防止の対策が必要ですね……次から膝プロテクターを……」
「そっちの話!? 優しさのベクトルがずれてる!?」
はあ、はあ、と息を整える。
次いで試したのは、異世界柑橘×炭酸の《感覚拡張・オレンジフォーム》。
これは……面白い。
「空気の流れが、見える……」
目の前の風が、色のない絵の具みたいに揺れている。
クラリスの足音、ミスティアの呼吸。
全部、まるで“音の形”みたいに視えてくる。
これは、戦場で役に立つ。
音に敏感になるってことは、敵の位置も気配もバレバレだ。
「伊吹、すごい集中してる……」
「何か……見えているみたいです」
「クラリスの心拍、92。ミスティア、少し汗ばんでる。緊張してるな?」
「こ、こわっ!? 透視されてるみたい!?」
「全身チェックやめてください……!」
そしてラスト、ベリー系チューハイの《持久回復・ベリーフォーム》。
疲れた体にじわ〜っと甘さが染み込んでいく。
これはリカバリー向きだな。バフというよりは、戦闘後のフォローアップ系。
私はぐっと拳を握った。
「……まとめると、こんな感じ」
⸻
▼《酒バフまとめ:実戦想定》
•《スモークフォーム》 → 炎属性・爆発・攻撃特化
•《サンダーフォーム》 → 加速・瞬発力アップ
•《オレンジフォーム》 → 感覚拡張・察知能力
•《ベリーフォーム》 → 疲労回復・継戦能力
⸻
「いやあ~楽しいなこれ。酔いながら戦うの、やめらんねえわ……!」
「でも伊吹、完全に酔ってるよ……?」
「……っくふ。見抜かれたか」
ごろんとその場に寝転がる。
あ〜〜……芝生気持ちいい……。
と、ミスティアがそっと私の顔にタオルをかけてくれた。
「今日はたくさん試せましたね。これで、次の依頼も安心です」
「うん。あとは伊吹が戦闘中に飲んでも倒れない訓練を……」
「無理じゃね? だって酒だぞ? わたしだぞ」
ふたりが苦笑いする。
でも、こうして笑いながら、仲間と一緒に強くなっていく感じ――
……悪くないな。
わたしは目を閉じて、耳を澄ませた。
遠くで風が鳴っている。
泡がはじける音みたいに、さわさわと。
酒バフという名の私だけの特権。
その力で、みんなを守れたらいいな――なんて、少しだけ真面目なことを考えていた。




