二日酔いとやさしい朝
――あの夜、わたしたちは飲みすぎた。
何杯飲んだのか、もう覚えてない。
最初は一杯で止めるつもりだったのに、「この炭酸すごい!」「果汁の余韻やばい!」「もう一杯!」が連鎖して、気づけばテーブルの上には空のグラスがずらりと並んでいた。
「っくぅ~っ、これだよこれぇぇぇぇぇ!!」
わたしは椅子の上であぐらをかきながら、両手を広げて叫んでいた。
足元には酔いつぶれたクラリスが、赤い顔で寝転がっている。
「おかわりください。ぶはっ。……今度は炭酸ちょっと強めで……って、うひゃぁぁ~、泡が顔に飛んでくるぅぅ……」
ミスティアは幻覚と戦っていた。
目がぐるぐるしてて、明らかに“気泡酩酊”状態。
泡魔法の後遺症ではない、多分。
「……ええと、私はですね……えっと、その……焼酎を……酔って……しゃくり……しゃけっ……」
ノアは、すべての言葉を噛んでいた。
何を話してるのか誰にもわからない。
でも本人は真剣そのものだ。
そんな四人が、床に転がったり、ソファに埋もれたり、テーブルの下に潜ったりして、泡鳴の夜に溶けていった。
そして――朝がきた。
◇◇◇
「……あたま、割れそう」
伊吹ことわたしは額を冷たい床にくっつけていた。
頭痛い。喉カラカラ。口の中が、枯れたぶどう畑。
――これが、噂の……チューハイでの二日酔い……!
近くではクラリスがソファの背もたれから逆さまにぶら下がって寝ていた。
右手にまだグラスを持ってる。
意識を手放しても騎士の責任を忘れない女……いや、それは違うな。
「……ぅ……頭が……泡になりそう……」
ミスティアがごろごろ転がっている。
冷却魔導箱の前で、体をぴったりくっつけて「すずしい……神……」とか呟いている。
「……ご、ゴホッ。……酒は敵。絶対殺す。泡殺す。焼酎呪う……っ」
ノアだけは怒っていた。完全に逆ギレモード。
頭にタオルを巻いて、ぺたんと座り込んでる。
わたしは全員を見渡して、思った。
「……うん、幸せだ」
二日酔いって、地獄のはずなんだよね?
でも、この地獄を一緒に共有できる人がいるってだけで、ちょっとだけ天国になるんだよな。
だって、昨夜は楽しかったんだもん。
酒がうまくて、泡がきらきらして、笑って、ふざけて、語って、また笑って――。
その果てにあるこの朝は少し痛いけど、たしかに「一緒に酔った証拠」なんだ。
「……みんな、起きたら、水分補給な」
立ち上がるとき、ちょっとふらついた。
足がもつれて、キッチンの椅子に座る。
ポーチの中から、干し梅を取り出して、口に入れる。
すっぱ……うまっ。
それから、お湯を沸かして、八洲土産の味噌で薄い味噌汁を作る。
とろとろに煮たワカメ入りのやつ。
塩分と水分、どっちも大事。
「……クラリス、起きろー。塩分だぞー」
「ん……それは、敵……?」
「いや、ワカメ。海藻」
クラリスの目が少し開いた。
ふらふらしながら、ソファから転がり落ちてくる。
それをキャッチする気力はわたしにはない。
「ミスティア、こっち来い。味噌汁あるよー」
「……伊吹さん、神です……女神……あ、でも匂いで酔いそうです……」
「我慢しろぉ」
ノアも、何も言わずにスッと来て、椅子に座った。
ワカメを見つめて、しばらく静止していたが、無言ですすり始めた。
その瞬間、四人全員の表情が、ふっと緩んだ。
泡が抜けたあとの静かな水面みたいに。
◇◇◇
朝ごはんは薄い味噌汁に昨夜の残り物。
特別なものなんて何もなかったけど、それがよかった。
しゃべらなくても、同じ痛みを知ってる仲間と、同じ味をわかち合う。
――これって、もしかして、二日酔いの魔法なのかもしれない。
笑ったら頭が痛くなる。
でも、やっぱり笑ってしまう。
あたしたちの新しい一日はちょっと頭が痛くて、でも優しい味がした。




