泡鳴チューハイ、できました
泡鳴区の夜は静かだった。
キッチンに灯る明かりだけが、わたしたち四人の乾杯を見届けていた。
テーブルには銀色のグラスが四つ。
果汁の香りが立ち昇り、炭酸の泡がシュワと微かに鳴っている。
黄金色の液体の底には、微細な泡がいくつも重なり合い、夜空の星のように揺れていた。
「……完成した、の?」
わたしが問うと、ノアが無言でひとつ頷く。
表情はいつもの無愛想なやつだが、その目の奥に少しだけ誇らしさが滲んでいた。
「今回の炭酸は安定してます。《泡沫魔法・層泡:フェイズフォーム》で炭酸の分布を均一に保って、幻果の果汁と焼酎がちゃんと混ざってます。飲み口もなめらかです」
「泡の層で味を閉じ込めてるってこと? さすが泡魔法」
クラリスが感心したように言う。
テーブルに肘をつきながら、グラスの中の泡をじっと見つめている。
「おいしそう……!」
ミスティアはもう我慢の限界って顔だ。
炭酸を含んだ果実酒。
かつての水魔法の“異端児”が、自分の魔法でこんな素敵な酒を完成させるなんて、誰が想像しただろうか。
「伊吹さん、乾杯の音頭は任せますね」
「……わたしでいいのか?」
「一番お酒を愛してる人に、言ってほしいんです」
ミスティアの真剣なまなざしに、ちょっとだけ照れた。
けれど、こういうのは迷ったら負けだ。
ほら、グラスを持て。
「じゃあ――」
わたしは腰の瓢箪に手をやり、満ちる泡の音を耳の奥に響かせた。
「……この酒はわたしたちの旅の中で拾った、たったひとつの答えだ」
誰もが、わたしの言葉を静かに受け取ってくれている。
「ノアが教えてくれた果実、ミスティアの泡、クラリスの助言……全部が溶けて、混ざって、やっとこの一杯になった。ただ、おいしいってだけで、幸せになれる酒だ」
息を飲み、グラスを掲げる。
「――チューハイ、できました! 乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
グラスが触れ合う。
かすかに、ちりんと鈴のような音が鳴った。
まず、一口。
――甘い、けれどくどくない。
幻果の独特な果汁の香りが鼻に抜けて、焼酎の風味が喉の奥でふんわりと広がる。
そのすべてを泡が包んでいて、喉ごしはさらりとして、まるで泉の水のようにすっと体に溶けていく。
「……やっば、うま」
自然とこぼれた言葉に、クラリスが微笑んだ。
「炭酸の弾け方が絶妙。舌に少し残る酸味も、後味を引き締めてくれるわね」
「炭酸と果実と焼酎が、こんなに相性いいなんて……っ」
ミスティアは感激していた。
顔を赤らめ、グラスを両手で包み込むようにして飲んでいる。
「ノア」
わたしはグラスを置いて、彼女の方を向いた。
「……ありがとう。これ、本当にすごいお酒だよ」
「……別に」
ノアはそう言ったけど、口元がほんの少しだけ、緩んでいた。
――たぶん、わたしにしかわからないぐらいの変化だけど、それがとても嬉しかった。
「名前、どうするの?」
「え?」
クラリスが聞いた。わたしはちょっとだけ考えて――答えた。
「……“泡鳴チューハイ”でいいと思う。
泡鳴で作って、泡鳴で飲んで、泡鳴の人たちと笑える酒。
それがいちばん、正しい気がする」
誰も反対はしなかった。
むしろ、全員が「うん」とうなずいて、グラスをまた持ち上げた。
夜はまだ長い。
このチューハイを囲んで語るには少しの時間と、たくさんの笑いと、もう一杯のおかわりが必要だ。




