果汁と焼酎の別れ道
――チューハイ、試作四号。
それは、思っていたよりもずっと、静かな失敗だった。
「……分離、してるわね」
クラリスがグラスを傾ける。
その中では幻果の果汁と八洲焼酎が、まるで気まずい恋人同士のようにくっきりと二層に分かれていた。
うーん。今回もダメか。
「なんでぇ……せっかくいい果汁なのに」
わたしはグラスを覗き込む。
表面に浮かぶ焼酎の層は透明で、その下の層にはあの幻果のジュースが澄んでいる。
きれいっちゃ、きれい。
けどこれじゃ、チューハイじゃなくて二層ゼリーみたいだ。
ストローで吸ってみると、先に焼酎だけ口に入ってきて、ぶわっとアルコールの香りが鼻に抜けた。
そのあとで遅れて果汁の甘み。
「混ざってないってこういうことなんですね……!」
ミスティアが目を見開いて言う。
うん、まさにそれ。
「いやぁ~……炭酸爆発よりはマシだったけど、今度は別れたかぁ……」
「相性ってやつか」
ノアが腕を組む。真剣な顔。
ちなみに今回の配合は幻果果汁4:焼酎6の割合で、スイートスパークで炭酸を加える直前に軽くかき混ぜていた。
でも、すぐに二層になる。
いや、なんなら混ぜた直後からもう兆候は出てた。
ちょっと目を離しただけで、すーっと焼酎が上に果汁が下に沈んでいく。
「混ざりたくないです」って言ってるみたいに。
「それにしても……味は悪くないわね。順番に来るから、これはこれで個性的というか……」
クラリスが二度目の試飲をして、やや困ったように笑った。
たしかに、味はそこまで壊滅的ってほどじゃない。
でも――
「チューハイとして出すには中途半端だね」
わたしはソファに倒れ込みながら言った。
――チューハイってのは、果汁と焼酎と炭酸が渾然一体となって、はじめて完成する飲み物だ。
アルコールだけでも、ジュースだけでも、ダメ。
その三つが味も香りもタイミングも一緒に“くる”から、美味いんだ。
果汁が逃げたら、それはもう「チューハイ」じゃない。
「……泡と焼酎の相性は第一回でまあまあ見えた。今回の失敗で、果汁との馴染みがカギになってるのがはっきりしたな」
「うん。果汁が逃げるなら、焼酎に追いつくしかないってことだよね」
冷却魔導箱に保存しておいた幻果の果汁を再び取り出す。
甘くて、やわらかくて、ちょっと酸っぱい。
それだけならフツーの果実。
でも、なにか“幻の味”がする。
たぶん、幻果って名前の由来はこれ。
わたしは小瓶の焼酎と一緒に、何度も小分けに混ぜる。
比率を変えたり、温度を変えたり、泡を後にしたり先にしたり。
だけど。
「……どれも、分離する」
泡に騙された舌が落ち着いてくる頃には二層になってる。
果汁の粘度が高いせいか、アルコールとの比重が違うのか……何かが邪魔して、均一にならない。
「このままでは“幻果ジュースと焼酎”のまま、ですね……」
ミスティアがしょんぼりしながら呟く。
テーブルには並んだグラス。
全部、見事に二層構造だ。
誰が見ても「失敗です」と言ってるような見た目。
「伊吹。今回もダメだったのに、どうして落ち込んでないの?」
クラリスが少し不思議そうに尋ねてきた。
たしかに、前回みたいな大爆発に比べれば見た目は地味。
でも、わたしの顔には妙なやる気が宿っていた。
「んー、だって、“味”が悪くなかったから」
焼酎と幻果は別々でも、味がいい。
なら、きっと混ざったらもっと美味い。
「今は“別れ道”の途中なんだよ。果汁と焼酎がまだ、お互いの良さを知らないだけ。だったらさ、引き合わせてやらなきゃ。最高のタイミングで、最高の方法で、ピタッと重なるように」
わたしは立ち上がる。
「“チューハイ”は、諦めない! 絶対に!」
「相変わらずお酒のことになると熱いわね」
クラリスが顔をすくめながら笑う。
すると。
「――“混ぜ方”を変えてみるか?」
ぽつりと、ノアが呟いた。
「混ぜ方?」
「ああ。いくらいい素材でも、入れる順番、混ぜる速さ、温度、全部がちょっとずれると、料理って失敗するんだ」
ノアは料理人だ。
誰よりも、素材の“喧嘩”を見てきた人間。
「たとえば、泡を最後に注いだら? あるいは、最初に果汁を焼酎に漬けてから炭酸を足すとか……」
「なるほど……比重の調整と、香りのタイミングを調節できるかも!」
ミスティアが身を乗り出した。
「それともうひとつ、材料を改めて“再調合”してみよう」
「再調合?」
「果汁に少しだけ、特殊な糖分を足すんだ。果実糖に近いやつ。それで焼酎との粘度差を埋める」
ノアは棚からひとつの瓶を取り出した。
名前は――《蜜精糖》。
ほんのりと琥珀色のとろみがある、甘い香りの液体だった。
「これを使えば、果汁の層がちょっと重くなって、焼酎と交じりやすくなる」
「――いいじゃん、次はそれで行こう」
わたしは大きく息を吸って言った。
「幻果と焼酎、ちゃんと“恋人同士”にしてやるよ」
そして、試作五号――。
いよいよ、最終調整の舞台へと続く。




