泡に沈む三度目の失敗
「さあて――三度目の正直、ってやつだな」
私は腰に吊るした瓢箪を軽く揺らし、ぐいと天を仰いだ。
泡鳴の空は晴れ渡り、気持ちのいい風が髪をすり抜けていく。
今日こそ、幻果チューハイ完成への道を切り開く日だ。
「気合いが入ってるね、伊吹」
「……二度あることは三度ある、ということわざもあります」
「うるせぇ! 縁起でもねぇこと言うな!」
軽口を飛ばしながら、我が家のキッチン
に入る。
そこにはすでに、朝から準備万端といった様子のノアがいた。白いエプロンと黒いドレス姿で材料を並べる様は、料理人というよりも錬金術師だ。
錬金術は台所から始まったというのも納得できる。
「おはようノア! 準備は万端?」
「……今日こそは成功させて見せる」
ノアは振り返りもせず、ぽつりと呟いた。
その背中からは、どこか胸に秘めた熱量が伝わってくる。
「今日の配合比は、焼酎一、果汁二、炭酸三。泡の調整は……ミスティア」
「お任せください!」
いつになく張り切った声で、ミスティアが杖を構える。
彼女の泡沫魔法は、いまやチューハイ作りに欠かせない要素だ。
「本日お見せするのは、《泡沫魔法・渦泡:ツイストフォーム》。炭酸の撹拌と気泡保持を同時に行う、高精度の泡技です!」
「泡技ってなんだよ泡技って……」
「いきますっ!」
杖の先端に魔法陣が浮かび、ぶおん、と小さな渦がグラスを包む。
無数の微細な泡が回転しながら混ざっていく。
「おお、いい感じじゃん!」
「はい。今度こそ、きっと美味しく……」
ミスティアがそっと笑う。
その手元には、冷却魔導箱でキンキンに冷やされた幻果果汁と焼酎が注がれている。
ノアが試作グラスを慎重に差し出した。
「――泡鳴チューハイ、試作三号」
その一言で、私たちはゴクリと喉を鳴らす。
「よーし、いくよ。……乾杯っ!」
グラスを掲げ、そっと口をつけた。
が――
「ぶふっ! な、なんだこれっ!? ぅぶわっ!?」
口の中で――泡が、暴れた。
炭酸が暴走した。
喉を突き抜け、鼻に抜け、目にまで泡が染みる。
グラスの中の泡が暴発し、次の瞬間――
ボフッ!
キッチンが白く染まった。
「う、うわああああっ!?」
「きゃっ、きゃああああっ!?」
「……泡パーティーかよ」
天井まで泡が飛び散り、ミスティアのローブは泡まみれ。
クラリスは剣を抜きそうになり、ノアは表情ひとつ変えず、泡に濡れた手元をじっと見つめている。
「なにこれ……魔法の失敗!? まさか暴発……?」
クラリスが剣を構えて臨戦態勢をとる。
「いや、違う。これ、撹拌しすぎだ」
ノアが呟く。
「果汁と焼酎が混ざりすぎて、炭酸の逃げ道がなくなった。三味の境界が溶けてしまったんだ」
「さ、三味の境界……?」
「甘味、香味、炭酸の刺激。どれも主張が強いのに、全方向から来るとバランスが壊れる。酒はな、調和だ」
「……調和。なるほどな」
私は泡をぬぐいながら、グラスを見つめた。
確かに、味は悪くなかった。
けれど、全ての要素が暴れていた。まとまりがなかった。
「なんかこう……押すところと引くところが、はっきりしてないって感じだな」
「そう。三者がそれぞれ暴れていて、誰も踊っていない」
「飲み物が踊るって何?……」
「でも、惜しいです……」
ミスティアが、泡まみれのローブを絞りながら言った。
「泡の持ちも良かったし、味も悪くはなかったです。けれど、ひとつにまとまってないというか……主役がいない感じです」
「つまり、チューハイって名前にまだ中身が追いついてないってことだな」
私は腰に手を当てて、ドンと胸を張る。
「なら次で決める! 四度目で完璧な一杯を作る! 泡も、味も、酔いも……全部、踊らせてやる!」
「言ってることはよく分からないけど、ここまで来てやめるわけにはいかないわね!」
「……泡沫魔法、また調整します」
「ノア、次のレシピもよろしくな!」
泡だらけのキッチンに笑い声が響く。
チューハイ完成への道はまだ遠い。
けれど、それでも私たちは――前に進んでいる。




