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三題噺もどき3

投函

作者: 狐彪

三題噺もどき―よんひゃくよんじゅうに。

 


 ゴトン――


 何かが落ちる音が聞こえた。

「……」

 それで。

 居眠りをしていたことを思い出した。

「……」

 リビングのソファに足を引きずりながらやってきて。

 何をするでもなくぼうっとしていて。

 ただ響く時計の針の音だとか、降り続ける雨の音だとか。

 そんなものをぼんやりと流していて。

「……」

 正直、起きていても寝ているような感覚に近い状態だったから。

 ホントに寝おちたのかどうかはあまりさだかではないのだが。

 突然響いた異音のせいで、引き戻されたのは確かである。

「……」

 ゆっくりと頭を動かし、なんとはなしに時計を見る。

 視界がやけにぼやけてはっきりと見えない。

 時間はさして問題ではないから……いいか。

「……」

 そこから視線を外し、頭ごと音のしたような気がする方向へと向ける。

 ぐぅるり、と回した先にあるのは玄関だ。

 普段は閉じているはずの、廊下へと続く扉が開いており、玄関扉が見えた。

 閉じる気力もなく、開きっぱなしにでもなっていたんだろう。

「……」

 その。

 玄関扉の中央から少し下あたり。

 そのあたりに、見慣れない隙間と、見慣れない封筒が挟まっていた。

「……」

 はて、この家のポストは一階に纏められているはずで。

 玄関にポストイン用の口など開いていなかった気がするのだけど。

 私の勘違いだっただろうか。

 使わないから、気にしていなかっただけで、そこにはあったのかもしれない。

「……」

 先程の落ちたような音は、あれが開いた音だったのだろうか。

 あれだけではあんな異音はしないと思うのだけど……思い違いでもしただろうか。

 落ちたようなと思ったけれど……なにも落ちている様子はない。

「……」

 まぁ、とりあえず。

 あそこに封筒が挟まったままになっているのも、気分が悪いのでさっさと取りに行くことにしよう。ここにわざわざ来ると言うことは、それなりに重要なものなのかもしれないし。それぐらいの体力はまだ残っている。

「……」

 ぐ―と、ひざ掛けに掌を置き、それを支えに立ち上がる。

 背骨が軋むが、姿勢が悪いのが影響しているだけなので、今に始まったことではない。

 立ち上がり、やけに重い体を引きずりながら玄関へと向かう。

「……」

 そこからそこまで、たかが数メートルなのに長く感じた。

 玄関まで来るだけで、呼吸が乱れそうになるくらいに疲れている。

 すぐには動けなさそうなので、玄関で封筒を開き、休憩がてら中身を確認することにした。

 封筒を引き抜くときは、カタン―と軽い音がした。

「……」

 玄関先に腰かけ、封筒の先を指で破る。

 本当は、鋏なんかで切った方がいいんだろうけど、そんなものを取りに行くのが面倒なので、手で切れるならそうしてしまった方がいい。

「……」

 封筒の大きさは縦長のもの。よく見るやつだ。学校の書類とかこれぐらいのサイズものものに入ってくる気がする。

 ……学校……?何か……。

「……」

 破いた封筒の口を開くと、一枚の紙が入っていた。

 三つ折りにされた、一枚の紙。

 封筒の中に入っているせいか、少し黄ばんで見える。

「……」

 封筒に指を突っ込み、紙を引きずり出す。

 紙の擦れる音が鼓膜に響く。

 目の前に持ち上げた、それには。

 ―見覚えが。あった。

「……」

 三つ折りにされたそれを開く。

 中身なぞ、見なくとも分かっていたが、なぜだが開いてしまった。

 見たくもない記憶のはずなのに。

「……」

 それは、一枚の作文用紙だ。

「わたしのゆめ」そう書かれたタイトルから始まる。

 その隣の枠には、学年、組、名前。

「……」

 何も知らずに、夢を見ていたあの頃の私の書いた。

 稚拙極まりない、馬鹿馬鹿しい夢。

 夢は必ず叶うのだと、夢見がちに書いた夢。

「……」

 これは、卒業のタイミングでタイムカプセルに入れたものだった。

 自分で持っているのも嫌になるほどに、見て居られなくて。

 それでも、見てしまうと燻りそうで。

 そうなるのが嫌で嫌で仕方なくて。

 たかが人形の私が、こんなものを書いてはいけないと思って。

 ―夢なんか見てはいけないと思って。

「……」

 見えないところに隠してしまおうと、卒業のタイミングでタイムカプセルにこっそり入れたのだ。もう一つの、他の何かと一緒に。

 それが何だったかは忘れたが。

 これを入れたことは頭の片隅に居座っていた。

「……」

 これを書いたころは、まだ、ホントに何も知らなかったのだ。

 人がいかに他人を裏切るのか。

 人がいかに夢をかなえられないのか。

 ―私が、いかに自分の意思などなくなりつつあるのか。

「……」

 心の怪我、なんていうありきたりな言い方も正しくはないかもしれないが。

 こんなのは、本当に怪我を負った人間からしたらかすり傷程度のものかもしれないが。

 これを書いた後に知った諸々は、私の中には深く根付いてしまった。

「……」

 なぜ今になってこんなものが、家に来たのか全く検討がつかない。

 あの頃の知り合いなんて、だれともつながっていないのだから、知っているはずはないのに。

 そもそも、タイムカプセルを開けたのなんて、何年も前の話だ。いまさら来なかったやつにこんなものを送り付けて何になると言うのだ。そういうものは処分してしまうものではないのだろうか。処分してくれるものだと思っていたのだけど。

「……」

 いや。

 だから、最初から何かがおかしかったのだ。

 家にあるはずのない郵便受けの入り口。

 そこからなるはずもないゴトン、という音。

 ここに届くはずもない馬鹿らしい夢を書いた塵。

「……」

 訳の分からないまま。

 なぜか、作文用紙から目が離せなくなっていく。

 見たくもない現実を見せつけられているようで嫌悪感が沸き上がる。

 目をそらしたくとも、視界は動かず、頭は痛み出し、鼓動が激しくなりだす。

「――

「――

「――

「――





 ピンポーン


 ――!!」

 びくりと、体が飛び跳ねた。

 気付けばソファの上で、寝てしまっていたらしく。

 玄関のチャイム音で目が覚めた。

「――」

 ドクドクと心臓が動く音が鼓膜に響く。

 何かがあやふやで、気持ちが悪い。

 何だろう。

「――」

 荷物なんて頼んでないし。

 人が来るときは先に連絡が来る。

 いや、そもそも、どうして玄関のチャイムが鳴るんだ。

 ここはオートロックだから、エントランスでこちらの許可が下りないとここまでは来れないはずなんだが。

 その呼び出し音ではなく、チャイムの音が聞こえるのがおかしい。

「――」

 なんだ。

 なんの違和感なんだ。

「――」

 ぐるぐると、何かが思考を回り始める。



 ゴトン―


 と、何かが落ちるような音がした。









 お題:タイムカプセル・わたし・怪我

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