8. 7~8才のはなし ③
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、9~10年ほど前の話。そしてここは・・・ぐぅ。
「よいしょっと。つきあわせて、ごめんね?」
・・・、んー・・・。
私は眠たくて目を閉じているけど、においで分かる。ああ、ここは私の家の、玄関先の犬小屋だ。そしてこの感触は・・・まあ、今さらおまえに体を触られるのは気にしないよ。頭を撫でたいのなら好きにすればいい、ぐぅ。
「・・・そろそろ、かな」
・・・あー、昼過ぎから、誰かが来るって言ってたっけ。
なるほど。だからせっかく市内に行って、父親に会いに行ったのに、早めにウチに帰ったのか。あの男がウチに・・・。
って、待て。思わず目を開けて、体を起こす。
「えっ。どうしたの?」
いいのか?おまえを連れてドライブするだとか言ってたぞ?
「うん、しってる。だから、たたかうの」
ああ、そう。それなら・・・って待て待て。
戦う、って。いったい、何を言って――。
「この家に、入っていい男は。2人だけ」
・・・なに、その、顔。怖い。とても、怖い。
見てられない。犬小屋の奥に入って、身を丸める。
「――ヤって、やる」
し、知らない。こんなお子様なんて知らない。
だから目を閉じて、おやすみなさい!・・・ううぅ、だけどこんなの寝れるわけねぇだろ、それにコイツが何をするかは知らないけど、しょせんは小2の女の子なんだから、そんなヘンなことになったりは・・・。
――というのが、昨日の話。
「よしよし。いい子、いい子」
ここは、家の裏側。玄関とは反対にあるところ。普段なら、私だけでなくこの家に住む人間でも、こんなところに来る理由なんて無い。
そんなところで。私は、アサミの胸に抱かれている。
誰にも見られないであろう場所で。私達は、こうしている。
「よしよし。もう、なかないで?」
普段の私なら。こんなお子様なんかに抱かれるなんて嫌だ、とか。やめろ頭を撫でるなウザい、とでも言えるのだが。今はとても、そんなことは言えない。
だから、こうしている。アサミの両腕に体を支えてもらいながら、この小さな胸の中に、顔をうずめて、泣いている。
「・・・もう、なかないで?」
無理。泣くのが、止まらない。
馬鹿だろ、おまえ。自分が何をしたのか、わかってるのか?
「うん。だから、ああしたの」
・・・この、大馬鹿者が。
私は犬だけど。そういう話は、何度も聞いているから。おまえの母親も、毎日のように言っているから、知っているんだ。
車が、どれだけ危ないのか、だなんて。散歩している時も、通りすがりのオバサマに、車に注意しなさいよ、って。何度言われたかも覚えていないよ。
・・・なんで。自分から、車に、突っ込んだんだ?
一歩間違えたら死んでいただろうが!やっていいことと悪いことの違いも分からないのかよ!?なんで、あんな、無茶なことを――。
「だいじょうぶ。ちょっとだけ、タンコブができただけだから」
アサミの頭には、なにかが巻かれている。そこからは、血のにおいがする。
「申し訳ありませんでした!ウチの旦那が・・・ああ、何とお詫びをすればいいか。どうかお子さんにも、お詫びをさせてください」
「い、いえ、そこまで謝られても。お互いの不注意、ってことで――」
家の中がうるさい。大人達が話をしている。話というよりは、見知らぬ女性が何度も何度も謝っている、という感じだけど。
「ふふん、いいザマだったなぁ。あの男は、これでおわりだね。うっすらとしかおぼえてないけど、パトカーにのせられてたのだけは、おぼえているの」
やめろ。そんな話は聞きたくもない。
「あの時間に、町内パトロールをしてくれるのはわかってたからね。それでつい、思いつきでヤってみたけど。うまくできたかな?」
やめろ。笑いながら、そんなことを言うな。
「だから、もう泣かないで。だいじょうぶ、わたしは平気だから。あれくらいなら、何ともないの。ゴメンね、しんぱいかけちゃって」
・・・誰が、おまえなんかを、心配――。
するに、決まっている。おまえは私の、『あるじ』だろうが。
「えっ。・・・いや、そんな、大げさな」
大げさなんかではない。おまえは、私の『あるじ』だ。
おまえは私の『あるじ』なんだから、これからも私の世話をしてくれよ。遊んでくれよ。散歩もしてくれよ。今まで通り、そしてこれからも、ずっと。『あるじ』なんだから、それくらいはやってくれよ。
そのかわり、私にできることなら何でもする。何でも言うことを聞く。私にできることなら、何だってやってやる。だからもう、こんなことはしないでくれ。
・・・もう、ひとりぼっちは、いや、だ。
「ゴメンね。だけど、これがわたしのたたかいなの」
私の涙は、止まることはない。
「わたしはまだ、子どもだから。大人とたたかうのなら、こうするしかない。なんだってヤってやる。いのちをかけて、死ぬまでたたかうの」
だから、やめてくれよ。そんなことを、言うのは。
「こわくはない」
・・・顔を、上げる。
「死んでもいい」
『あるじ』の顔を、見る。
「たとえ、わたしが死んだとしても。このことがきっかけとなって、お父さんとお母さんの目がさめて、うわきやふりんをやめるようになったら」
また、この顔だ。とても恐ろしい、目をしている。
「お兄ちゃんは、しあわせになる。お兄ちゃんと、お父さんと、お母さんが、いっしょになる、はず。だから、ああしたの」
だけど。もう、『あるじ』からは。目を、背けない。
「ほんとうだったら、わたしもいっしょになりたい。もういちどだけ、4人そろって・・・だけど、むり。よほどのきっかけじゃないと、2人の目はさめない。お兄ちゃんがどれだけ泣いてたのんでも、だめだったから」
・・・この子を放っておいたら。何をするかが、わからない。
「だからわたしが、お兄ちゃんのねがいをかなえてあげるの。お兄ちゃんのためなら死んでもいい。このいのち、いくらでもささげてあげるの」
だから。ずっと『あるじ』を、見続ける。
・・・戦いは、続ける気なのか?
「うん。お父さんの女も、やっつけないとね」
・・・だったら。私も、付き合おう。
「ダメ。おまえは、ちっちゃいから」
やめろ。それ、けっこう気にしているんだぞ?我ながら不思議に思うよ。散歩をしている時に、よそのワンコを見るたびに。どうして私は、他の犬に比べて、やたら胴長で、足が短いのかな、って。
「それはね、エモノをおいかけるため。エモノがかくれている巣穴に、せまくて小さなところに入りこむために、体と足が小さくなったの。ダックスフンドは、もともとはそういうもくてきで作られたの」
いやいや待て待て。作られた、って。
「多くのワンコは、人間によって、そうやって作られているのよ。ある犬は、見た目をかわいくするために。ある犬は、ちょっとやそっとのダメージでは死なないぐらいに、がんじょうに。――くわしく、聞きたい?」
ううむ、聞きたいような、聞きたくないような・・・。
だが、それならば。私は、戦うために生まれた、とも言えるのでは?
「うーん。だけどそれは、むかしのはなしで」
私達は、一心同体。だろ?
もう一度だけ、言う。ひとりぼっちは、嫌だ。
だから。もしこんなことをする時には。私も、一緒だ。
「・・・そうだった、ね。わたしたちは、一心同体、だったね」
そうだろ?それにこれは、『あるじ』が言い出したことだろ?
「ゴメン、こんどからはいっしょにヤろうね。いっしょに、たたかおうね?」
ああ。だから、一緒にやろう。
楽しいこと、だけじゃなくて。辛いことも、悲しいことも。
・・・これからも、私達は、ずっと、一緒だから、な。
これ本当に童話扱いでいいの・・・?