7. 7~8才のはなし ②
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、9~10年ほど前の話。そしてこれは・・・何だ?
「これは、キャリーバッグ。この中に、ワンコを入れるの」
ふむ、なるほど。ちなみに聞いておくが、この中に入るワンコというのは、
「はい、おはいり」
やだ。なんで私が、こんな変なものに入らないといけないのか。それに今日は土曜日なんだから、のんびりと散歩がしたいなぁ。
「うん。だからこれをつかって、おさんぽするの。こうしないと、おまえはでんしゃにのれないから。今日は、しないにいきたいから、こうするの」
しない?ああ、市内中心部か。話には聞いたことがある。この町とは違って、とても人が多くて、いろんな建物がある、って。話してたのはおまえだけど。
「そうそう。というワケで、いっしょにいこ?」
まあ、いいだろう。あの男が来ないうちに、さっさと出かけるか。
「ん?あの男、って。だれ?」
気にするな。・・・ふむ、入り心地は悪くはない。というより、足の短い私にはちょうどいい大きさというか、暖かくて寝心地がいいというか・・・ふあぁあぁ。
「ふふっ。きにいってくれた?」
・・・ぐぅ。
小学2年の女の子に、背負われて。バッグとは言ったけど、どちらかといえばこれはランドセルやリュックみたいなものだな。電車の中に入ってからは、椅子に座ったお子様の、その膝の上に乗せられているけど。
それとバッグには、私の顔が出せるほどの穴があるから。こうして顔を出して、外の様子を見ることができる。ほう、これが電車というものか。初めて乗ったぞ。
「よしよし。いい子にしててね?」
おい、子供扱いするのはやめろ。
・・・だけど、言うことは聞く。電車というのは、思ってたよりも人がいっぱいいるんだな。こんなところで大声で吠えたらどうなるか、ぐらいは私にだって分かるよ。だから小さく鳴くくらいで・・・ん?誰だテメェら。
「ねぇねぇ、このワンちゃんを写真に撮ってももいい?」
なんだコイツら。若い女共が、私をジロジロ見てやがる。その手に持っている四角いものはなんだ?やめろこっち向けんな、光がうっとおしい。
「やめて。この子が、いやがってる」
今の私は、むやみに吠えることができない。ここはコイツに任せ・・・。
「えー、べつにいいじゃん。可愛いワンちゃんなんだから」
「やめて、って言ってるでしょ?聞こえないの?」
そ、そうだ。おい、やめろ。これ以上は、何も言うな。
「そうだ!せっかくだから動画にしない?この子なら再生数が稼げると思うし。ねぇ、イイでしょ?あとでお菓子でも買ってあげるからさ」
「――その、せいふく。学校のなまえは、おぼえた」
「・・・え?」
おい、やめろアサミ!・・・って。チッ、吠えてしまったじゃないか。
「でんしゃのなかで、しゃしんをとるのは、マナーいはん」
・・・また、コイツの。アサミの、アレが出てしまったか。
「ついでに言うと。犬のかいぬしが、ダメ、って言っているのに。かってにしゃしんをとろうとするのも、マナーいはん。そんなことも、知らないの?」
「な、なによ。そんなに、怒ることはないでしょ?」
「チクってやる。お姉さんたちの顔もおぼえた。お姉さんたちの学校に、電話してやる。いやだって、言ってるのに、しゃしんをとられた、って。せっかくこの子がしずかにしていたのに、お姉さんたちのせいで、ほら」
周りを見回す。近くにいた人達が、みんな私達を見ている。これは私が吠えてしまったせいなのだろうけど・・・この人達が見ているのは、私達じゃなくて、
「お姉さんたちは。この子を、いじめるの?」
視線が集まっているのは。この、お姉さん達だ。
「ち、違うって。ちょ、見ないでくれる!?カン違いしないでよ!?これはこの子が・・・うっ、や、やめてよ、ウチらが何をしたって言うの・・・?」
あらら。お姉さん達は今にも泣きそうだ。
だけどアサミの表情は――見たくもない。見ていられない。
「おっと。そろそろ、えきだ。お姉さんたち、ジャマ」
・・・こんな子じゃ、なかったんだけどなぁ。
そこからは、バッグの中に引きこもっていたから、よく分からない。
だけど、アサミは歩いて行く。いったいどこに行く気なんだ?わざわざ、こんな遠くまで、電車に乗ってまで。いったい、何をするつもりで、
「やあ。いらっしゃい、キャリーバッグはどうだった?」
「ふふん。これ、イイね。買ってくれてありがとう、お父さん」
・・・お父、さん?バッグから顔を出す。
「やあ。おまえも、いらっしゃい。元気だったか?」
なんだ、父親か。久しぶりだな。最後に会ったのは・・・覚えてない。それにしても、ここはどこだ?これまた初めて見る場所だ。
「お父さん。アパートぐらしは、たのしい?」
「ハハハ。楽しいかどうかと言われたら、楽しくは無い、かな?ウチよりはだいぶ狭いから、イサムも文句を言ってばかりなんだ」
・・・アパート、って。なに?
「ふぅん。だったら、ウチに帰ってくれば、いいのに」
「うーん。それは難しいなぁ。お父さんは、こっちの方が仕事がはかどるんだよ。それよりも、アサミがここに住んだらどうだい?イサムとも毎日会えるぞ?」
「うーん・・・。ここって、ペットはダメなんでしょ?」
「おおう。そういう理由なら仕方ない、か。だけど、お母さんが嫌になったら、いつでもウチに来ていいからな。電車のICカードもあげるから、な?」
2人は、楽しそうにおしゃべりしている。
人間というものは、いまだによく分からない。
どうして、家族なのに。2つに分かれて、暮らしているのか。
私の住む家には、母親とアサミが。そこから離れたこのアパートには、父親と・・・ふん、アイツなんてどうでもいい。
だけど、あの日からずっと会っていないから。たまには顔を見た――いやいや違うし、あんなダメダメ飼い主だなんてどうでもいいって。
・・・近所のオバサマが言うには。今の私達は、別居、というものらしい。去年、父親と母親がケンカをして。そのケンカが、今でも続いている。
そしてアサミが小学2年生に、その兄ちゃんのイサムが中学生になった時に。父親とイサムは家を出て行って、こんなところで暮らしている。今より少し前の話だな。母親のことが嫌になった父親が出て行くのはまだ分かるが、どうしてイサムまでが出て行ったのかまでは、私には分からない。
・・・だけど。どのみち、私にはどうでもいい。
私は、アサミに世話をしてもらっている。アサミがいるのなら、私はそれでいいんだ。遊んでくれるし、おしゃべりもできるし。今日もこうして、面白い散歩をすることができた。アサミとは、これからも仲良くやっていける気がする。
・・・だけど、やっぱり。私の飼い主は、アサミではない。たとえ、あんなダメダメな飼い主だったとしても。私の、『あるじ』は――。
「お父さん。お兄ちゃんは、どうしたの?」
「今日は学校は休みだけど、部活があるから、ってさ。ここ最近はサッカーばかりやってるよ。アイツ、昔からサッカーが好きだったからなぁ」
「・・・そうなんだ。さいごに、会いたかったなぁ」
「いやいや、最後、って。ウチに来れば、いつでも会えるだろ?」
「そう、だね。・・・そろそろ、帰る」
「えっ?まだ来たばかりなんだから、ウチでゆっくりすれば・・・」
アサミは何も言わない。私はまたアサミに背負われて・・・ふあぁあぁ。見知らぬところに来たもんだから、疲れてしまったよ。キャリーバッグってイイなぁ。寝たまま運んでもらえるなんて、最高だよ。
・・・これでいいんだ、私は。私は犬なんだから、難しいことなんて考える必要もない。こうしてのんびりと、毎日を生きていられるのなら――。
キャリーバッグに入ったワンコ達の写真集って売ってたりしないかな・・・?