6. 7~8才のはなし ①
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、9~10年ほど前の話。そしてここは、私の家。
ふあぁあぁ。眠い。まだ昼前だけど。
「・・・アンタは何も悩みが無くて、いいわねぇ」
家の玄関先で。犬小屋の中で寝っころがる私と、私をじっと見ている女性。犬小屋の前でしゃがんでいるこの人を、私は母親と呼んでいる。
「あぁあ、考えるのも馬鹿らしいわ。私だって、好きにやっていいでしょ?」
クゥン、とだけ鳴いておく。
「やっぱり、私には信じられないわ。あの人もイサムも、おかしいのよ。あんな嘘みたいな話を信じるなんて。いくらアンタとアサミが仲がいいからって、犬と喋れるだなんてありえない。まあでも、アサミは変な子だから――って」
グルルルル。体を起こして、母親を睨みつける。
「やっぱりアンタ、私の言っていることは理解できているのよね?ちょっとアサミのことを悪く言っただけで、コレだもの。・・・私が、間違っていたの?私だけが悪いの?だけど、私だって、やりたいようにやって、いいでしょ?あの人と同じことをやって、何が悪いのよ。それにあの人は、何年も前から」
知らんそんなの。犬の私に、人間の生活だなんて分かるわけががない。そういうことは近所のオバサマにでも相談しやがれ。
「ワンワン吠えられたところで、何も分からないわよ。やっぱり犬の言葉なんて分かるわけがないわ。アサミじゃあるまいし。・・・じゃあね、行ってくる。また帰りは遅くなるかもしれないから、ちゃんとアサミと留守番してなさいよ?」
ふん、言われるまでもない。
「やあ、おまたせ。それじゃあ、行こっか?」
・・・グルルルル。いきなりやって来たこの男にも吠えていいよな?コイツはここ最近ウチにやってくる変なヤツだ。父親とは違う男だ。
「ちょっと、やめなさいよ。むやみに吠えるな、ってアサミに言われてるんでしょ?アサミの言うことが聞けないの?」
ふん、あんなお子様の言うことなんて・・・ハイハイ、黙ってればいいんだろ?だけど、それは母親としてアリなの?頭に来たからふて寝してやる。
「ねぇねぇ、今度の休日はアサミも一緒にドライブしない?」
母親は、男とイチャイチャしてやがる。まだ昼前だぞオイ。
「え。だ、だけど俺にも娘がいるから、そこまでヤるのは・・・」
「大丈夫よ。アサミはまだ子供だから、私がいくらでも言いくるめて・・・ハァ。あの子も悩みが無さそうで、毎日が楽しそうでうらやましいわぁ」
・・・もう何も言う気になれない。勝手にしやがれ。
しばらくして、車のエンジン音がした。私がいる玄関先からはよく見えないけれど、音でわかるんだ。父親の車か、母親の車か、それ以外の車か、ぐらいは聞き分けられるよ。
そしてこの音は、それ以外の車。・・・ふん、どうぞごゆっくり。
・・・ヒマだ。母親が出て行ってから、どれだけ経ったか。
だけど、そろそろかな?うん、やっぱりだ。
「ただいま。まっててね、すぐにきがえるね?」
ランドセルを背負った女の子が帰ってきた。私はしっぽをフリフリさせ・・・認める。やっぱり散歩は待ちきれない。だって私は飼い犬なんだから。
「おまたせ。それじゃあ、いこっか?」
おう。首輪にリードを付けられて、私達は歩き出す。
歩く速さは、気分しだい。私達は何も言わなくとも、今日はこれくらいの速さで歩こうだとか、今日はちょっと遠くまで行ってみようか、とか。いちいち話さなくても、分かり合え・・・まあ、これも認めるしかないか。
私の世話をしてくれる者が、コイツの兄ちゃんから、コイツに代わってから。私はそれなりに、楽しい毎日を送ることができている。だから今日もこうして、
「おいアサミ。今日こそはオレといっしょに」
「うるせぇ失せろ。わたしは今、いそがしいの」
なんか変なのがいたけど、今日はそういう気分じゃないので放っておく。いや、このボーイとは今では友達と言ってもいい関係にはなったけど・・・その、
「おいまてよ。なぁアサミ、少しは話を」
「――おまえに、わたしの、何が、分かるの?」
すまんなボーイ。今のアサミは、そういう気分なんだ。
ボーイは放っておいて。まだ散歩を続ける。
私は前を向いているから、アサミの表情はよく見えない。
――と、言うよりは。最近のアサミは、その、
「あっ・・・アサミ、ちゃん」
「こんにちは、おばさま」
オバサマが3名。それぞれ手にはリードを持って、犬を散歩させている。今はそういう時間帯だから、犬の散歩をしているのは私達だけじゃないよな。どちらかと言えばこれは散歩ではなくて、オバサマ達の話し合い、だけど。
・・・アサミは、そういう気分か。なら、立ち止まろう。
「・・・ふふっ」
そうか。よそのお宅のワンコを見るのが、そんなに好きか。ワンコ達も、アサミに寄って来やがる。まあべつに好きにすれば?私にはどうでもいいよ。
「やっぱりアサミちゃんは不思議ねぇ。犬のことに関しては大人よりも詳しいし、見ず知らずのワンちゃんともすぐに仲良くなれるし」
「この前アサミちゃんが教えてくれた躾けをやってみたら、ウチの子も吠えるのが少なくなったのよ。アサミちゃん、将来は犬のプロになれるんじゃないの?」
「そう?だけどわたしは、ふつうにしているだけだよ?」
・・・アレは誰のセリフだったかなぁ。
おまえのような小学2年生がいてたまるか。もはやこれは犬好きってレベルじゃねぇ。これぞまさに、ハンドラー。・・・ハンドラーって、何?
「――アサミちゃん。最近、どう?」
口を開いたのは、オバサマの1人だ。
「イサムくんと、お父さんが、出て行ってから・・・その・・・」
「えっ?べつに?お兄ちゃんは、遠くの中学にいくために。お父さんは、おしごとのために、出ていっただけでしょ?どう、って言われても・・・」
オバサマ共は、恐る恐る、といった表情だ。
「えっ・・・い、いや、アレは、不倫で」
「馬鹿っ!そんなこと言うんじゃないわよ!」
オバサマ共は慌ててやがる。だけどアサミは、楽しそうだ。
「ふりん?ごめんなさい、わたしにはよくわかんない、けど・・・」
アサミが私を、チラっと見てくる。ハイハイ、こうすればいいんだろ?ガウガウガウガウガウガウガウガウガウガウウウウンンン!
「きゃっ!?ちょっと、いきなりどうしたの!?」
ふはははは、急にうるさく吠えてやったもんだから、オバサマ共もビックリしてやがるぜ。ついでだからジタバタしてやる!
「ご、ごめんなさい。この子がちょっとヘンだから・・・よしよし、はやくウチに帰ろうね?じゃあね、みなさん。さようなら」
アサミに抱きかかえられて、その場を後にする私達。
・・・ふう。こういうのを、演技だとか、芝居だとかと、いうのだろうか?私が変になったから急いで家に帰る、という内容のつもりだが。うまくできたかな?
「――言われなくても。わかってるよ、そんなこと」
・・・やはり、この時のアサミの顔は、見ていられない。
「お父さんも、お母さんも。2人とも、おかしいよ」
この顔は、誰にも見せることはない。
私と、あのボーイしか知らない。演技をしていない時の、アサミだ。
「やる。ヤってやる。わたしが、ヤる。わたしが、お兄ちゃんを――」
・・・私には、何も言えない。
だって私は、犬だから。人間の生活に、とやかく言うのは――。
書いている私ですら理解していないけど、これってどういうジャンルなの・・・?