5. 4~5才のはなし ③
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、12~13年ほど前の話。そしてここは、近所の公園。
昼過ぎに、家を出て。少し歩いたところに、この公園はある。
人間からしたら・・・私の飼い主や、その父親が言うには、この公園はそれほど広くはないそうだが。犬の私にとっては、とても大きく見えるよ。
そんな私のすぐそばには、幼稚園児の女の子が。手にはリードを持っており、その先っぽは私の首輪に付けられている。やっぱり散歩はイイなぁ。
「ねぇねぇ。なにして、あそぶ?」
うーん。あそこにある・・・遊具って言ったか?あれでは私は遊べないからなぁ。それに、おまえも遊具で遊ぶのは無理だろ?ちっちゃいから。
「ええぇ。わたしだって、100センチになったんだよ?」
言っている意味がわからない。とにかく、お子様だけで遊具で遊んだらダメだ。おまえの兄ちゃんか、もしくは大人が見張っていないと。
「・・・いつも、ひとりだもん。おにいちゃん、がっこうがいそがしい、って。おとうさんも、おしごと。おかあさんはウチにいるけど、おこってばかりで」
もういい。やめろ。そんな顔をするな。わかったわかった、私が遊んでやるって。今日は気分がいいから、私にできることならなんでも――。
ん?前方に、これまたちっちゃいヤツがいるぞ?
「おーいアサミ、いっしょにあそぼ・・・なんだコレ?」
それはこっちのセリフだ。誰だ?このボーイは。
今この公園にいるのは、私と、お子様が2名。この2人の体の大きさは同じくらい。ボーイは変なものでも見るかのような目をしている。
「どうしたの?そんなヘンなかおして」
「いや、その。このワンコ、なんなんだよ」
ふむ。どうやらこの2人は知り合いのようだな。
「このこは・・・おにいちゃんがね、このこをわたしにくれるって。だからわたしが、おさんぽしてるの」
いや待て、おまえの犬になったつもりはないぞ?
「ふーん。おまえだけで、だいじょうぶか?」
「しんぱいしないで。もうわたしもねんちゅうさんだもん。だからひとりでおさんぽぐらいできるもん。じゃあね、わたしはいそがしいの」
――そうだ。ちょっと、気になることがあったんだ。
「・・・コイツ、うごかないぞ?」
「え?」
私はその場で、おすわりをする。
あとは、何もしない。何も言わない。顔を上げて、お子様・・・ではなく、アサミをじっと見る。お子様が2人もいるとややこしいから、今回だけはこう呼んでやろう。さて、どうだ?
「――ふむふむ、なるほど。そういうことか」
「・・・どういうことだよオイ」
「どうせだから、みんなであそびたい、って。このこがいってるの」
「は?」
ふむ。まあ、こんなところか。
ボーイは私を見たり、アサミを見たりと、落ちつきがない。
「え?わかんないの?このこのいってることが」
「わかるわけがねーだろ。いぬのことばなんて、どうやってわかるんだよ。ていうかコイツ、ほえてすらねーだろ。ただにらみあっているだけで・・・」
まあ、その。ボーイの言いたいことも、わかるよ?普通はわかるわけがないに決まっている。私だって不思議に思うよ。この女の子、何なんだよ、って。
「めをみれば、わかるの。このことは、いっしんどうたい、だから」
おい、調子にのるな・・・って。もしかして、こういうのもバレてたりするのか?いかんいかん、コイツの前ではヘタな考えはやめたほうがいいな。
「・・・いっしん?・・・どういういみ?」
「なにがあってもいっしょ、っていみよ。そんなこともしらないの?」
「うるせぇ。おないどしのくせに、おとなぶってんじゃねーよ」
まったくだよ。いったいどこで、そんな変な言葉を覚えたのやら。
「まあいいや、いっしょにあそぼーぜ。――そうだ、こんなのはどうだ!?」
そう言うと。ボーイはアサミの服・・・スカートって言ったかな?スカートをいきなり掴んで、引っ張りはじめた。
「きゃっ!?ば、バカッ!なにするのよ!?」
「ふっふっふ。これ、イサムにーちゃんにおしえてもらったんだ」
ボーイは両手でスカートを掴んでいる。一方のアサミは片手でスカートを押さえている。もう片手はリードを持っているから、両手が使えないのだろう。
「い、いやだ、やめて、ううっ」
「ふふん。オレのかちだギャアアアアア!?いってぇぇぇ!」
だから私が、アサミの手になってやろう。調子にのるな、クソガキが。
ボーイはスカートから手を放した。今は自分の足を押さえている。
「ご、ごめんね!?だいじょうぶ!?」
「う、うるせぇだまれ。ふざけんなよ」
ふざけているのはおまえだろうが。アサミを泣かすとはいい度胸してるじゃねえか。もう片方の足も噛みついてやろうか?アアッ!?
「あーあ、オレのズボンがやぶれちゃった。なんだよコイツ、オレがなにをしたっていうんだよ。ちょっとアサミにイジワルしただけで、かみつくなんて」
「・・・ごめんなさい、わたしのせいで」
おいアサミ。なんでおまえが謝ってるんだ?
「ダメだ。ゆるさない。おまえとはぜっこうだ。もうおまえとはあそばない。おまえなんか、もうどうでも――わ、わかったよ、オレがわるかったよ、だからもうなくなって。それにおまえも、グルルルルってこわいこえをだすなよ」
ふん。今日はいい気分だったのに、おまえのせいで台無しだよ。
「ていうかコイツ、ちっちゃいのにきょうぼうだな・・・」
「そういえば、おにいちゃんにはよくかみついてたきがする。わたしにはやさしいのに、なんでだろうね?」
・・・い、いや。べつに、おまえに優しくしているわけでは、その。
「しらねーよ。とにかく、コイツはちゃんとしつけておけよ。あそんでやるだけじゃなくて、わるいことをしたらちゃんとおこれよ?」
「ええぇ・・・でも、そんなことしたら、このこがかわいそう」
「うるせぇだまれ。コイツはおまえのワンコなんだろ?だったらちゃんとやれよ。そうしてくれたら、いつでもあそんでやるからさ」
ふん。おまえみたいなボーイと仲良くするつもりはない。なぁアサミ、こんなヤツなんて放っておいて・・・わかったわかった。みんなで、遊ぼうか?
うーん・・・今になって思えば。昔の私って、ヤンチャが過ぎていたな。
今なら、素直に言える。私、寂しかったんだ。
最初の飼い主はダメダメで、その親も忙しくて。
そして『あるじ』も、寂しかったから、
「お、おい、アサミ。尊厳死、って。意味を、分かってるのか?」
「そ、そうよ。何を、馬鹿なことを言っているの?」
「うるせぇ。親父とお袋は黙ってろ。それに、もう私だって高校生なんだ。いつまでも子供扱いしてんじゃねぇよ」
あぁあ。いつのまにか『あるじ』も、ヤンチャになってしまって。
病院の一室で。『あるじ』の、尊厳死という言葉を聞いて。1人を除いて、大人達はザワザワしている。
「私は、この子の、飼い主だ。だから、私が決める」
私は今、金属で作られた小さな箱に入っている。今の私は歩くどころか、ロクにしっぽすらも動かせないから。この箱に入ったまま、病院の人が私を運んでくれているんだ。
「お前らに。お前らなんかに、口出しする、資格は、無い」
大人3名は、何も言えないようだ。病院の先生、馬鹿親共の相手は任せてもいいかな?今そいつらが下手なことを言ってしまったら、『あるじ』がまたヤンチャなことをしてしまうから。そいつらを見張っててほしいんだ。
それと、もう1人の――今は、研修医さん、と呼べばいいのかな?
「アサミちゃん。それで、いいの?」
さすが、だな。あなただけは、わかってくれている。
尊厳死という言葉を聞いても。1人だけ、静かに聞いてくれた。
あなたに、久しぶりに会えて。本当に、よかったよ。
「・・・う、ううっ、うああああああああああああああああ!」
・・・こうやって、泣く『あるじ』も。久しぶりだ。
だけど、それでも。『あるじ』は、私を見続けている。
――楽しい夢は、しばらくは見れそうにない、な。
スカートめくりは年齢制限に引っかかるかな・・・?