3. 4~5才のはなし ①
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、12~13年ほど前の話。そしてここは、私の・・・ぐぬぬ。
くっ。なんで私が、こんなことを。
「よぉし、こんどは・・・まて」
昼過ぎに、コイツが帰ってきてから。ずっとこのザマだ。
「うんうん。そのまま、ステイ」
今の私は、前足は伸ばして、体を起こして。後ろ足は地面につけて、顔は前を向けている。これはいわゆる、おすわりだとか言われているポーズだ。
「よしよし、まだまだ」
ええぇ、まだコレ続けなきゃダメなの?
「・・・。」
やめろ。何も言わず、じーっと見るのはやめろ。
「・・・よし。いいよ」
ふう。やっと終わったか。体をブルブルさせる。
私の目の前にいるのは、ちっちゃい女の子。私の飼い主の、その妹。服装は幼稚園のもの。ううぅ、なんで私はこんなお子様なんかに、
「よしよし。いいこ、いいこ」
やめろ、頭をなでるな。グルルルル。
「ふふっ。おまえも、たのしい?」
誰が、楽しいって?これは私にとっては、ただのヒマつぶしだ。
「えーっと・・・これで、シットと、ダウンと、ハウスと、ステイと」
いちいち英語で言わなくてもいい。私は日本生まれのはずだぞ?ご先祖は外国の生まれかもしれないけど、日本語のほうが分かりやすいよ。
「そう?それなら・・・、おて」
はい。まあ、これくらいなら私でも――。
ハッ!?ち、違う、だからなんで私は、こんなお子様の言うことを素直に聞いているんだ!?こんなちんちくりんのチビの命令なんて聞きたくも、
「ふふっ。いっしょだと、たのしいね?」
うがあああああっ!だから違うって言ってんだろうがあああっ!
「ねぇねぇ。もしかして、ねむいの?」
う、うるさい。話しかけるな。
犬小屋に引きこもって、体を丸める。
ううぅ。もうどれだけ、こんな日々が続いているのか。コイツが幼稚園に入ってから、ずっとこのザマだよ。まるで私の飼い主であるかのように、私に色々と命令を出してきやがる。ふざけんな。
――しかし。コイツの言うことには、どうも逆らえない。まあ毎日のように、色々とやってくれているからなぁ。ここまでされたら、さすがに噛みつくわけにもいかないから、少しくらいは言うことを聞いてやるよ。といっても、べつにコイツに従っているわけではない。これはただのヒマつぶしで、
「なんだ、お前は相変わらずだな」
・・・体だけは起こしておこう。
「あっ!おにいちゃん、おかえり!」
ふん、さっきまでは私につきっきりだったくせに。そんなに急いでお兄ちゃんに近づくことはないだろ。おまえって相変わらず兄ちゃんのことが好きなんだな。
「ふっふっふ。アサミもなかなかやるようだが、俺に比べればまだまだだな。いいか見てろよ。おい、このボールを取ってギャアアアア!?」
ん?何か言ったか?
大したことはしていない。コイツが小さなボールを投げようとしたから、投げられる前にボールを口でキャッチしてやっただけだ。
――ボールを掴んでいる、コイツの指ごと。ワンコの素早さをなめんなよ?
兄ちゃんは、噛まれた手を押さえて泣いている。ざまぁみろ。
「い、いだい・・・俺が何をしたって言うんだよ・・・」
ふん。今さら語るまでも無い。
「もう・・・そんなに、おにいちゃんが、きらい?」
うん、大嫌い。これならまだ母親のほうがマシ。父親は・・・嫌いではないが、あまり会えないのがなぁ。また散歩してくれないかなぁ。
「あー。おとうさんは、しゅっちょうしてる」
「ん?おいアサミ・・・って。ああ、いつものアレか」
出張?また遠くに行ってるのか?
「うん。しゃんはい、だって」
ほう?それは、どういうところなんだ?
「うーんと・・・ちゅうごく?」
「ハァ。またアサミは犬とおしゃべりごっこかよ。まあ、アサミはまだ年中だから仕方ないか。犬なんかと喋れるわけないのに」
ふん、おまえには分かるまい――って。そう、言えば。
なぁなぁ。どうして私を散歩させないんだ?あれだけ私と遊んでいるけど、いつも家の玄関で遊んでいるだけだろ?
「・・・おかあさんが。おさんぽだけは、ダメ、って」
「当たり前だろ。コイツの散歩は親父でも大変なんだぞ?あちこち走り回るから、いつも親父がヘトヘトになっちまうし。だからアサミには10年早いね」
――ほう?なら、試してみるか?
・・・グルルルル。
「えっ!?え、ええと、それは、ちょっと」
どうした?そんなに怯えることはないだろ?
「おいアサミ。そんなの放っておいて、さっさとウチに入ろうぜ」
「・・・えっ、と」
クゥン、クゥン。
「――わかった。いうとおりに、する」
「ん?おい・・・って、ちょっと待てええっ!?」
ふん。おまえの命令には従わんよ。
「馬鹿ッ!アサミ、お前は何をやってんだよ!」
「ええぇ・・・。だけど、このこが、こうしろって」
うん、これでいい。
大したことはしていない。お子様でもできる、簡単なことだ。
私は飼い犬なので、首輪を付けられている。そして首輪には鎖が付いている。犬が外に行ったり、逃げ出さないようにするために。
その鎖を、外してもらった。ただ、それだけのことだ。
「うわわわ、やややややヤバいよこれ、俺はどうすれば・・・」
実を言えば。鎖を噛み切って、こんな家から出て行きたいと。何度も、そう思っていた。鎖だから噛み切れなかったけれど、逃げられるものなら逃げていた。こんな家なんて、どうでもいい、と。ずっと思っていた。
「あ、あのなアサミ、そんなことしたら、コイツが逃げ・・・えっ?」
だけど。私は、逃げない。
「どうしたの?そんなにおびえることは、ないでしょ?」
このお子様のすぐそばに、おすわりする。
「お、怯え、って。お前、意味が分かってんのか?」
「うーん・・・じつをいえば。このこの、まねをしただけ」
私は何も言わない。しっぽをフリフリさせるだけ。
「う、うぐっ。コイツのこんな様子、初めて見たぞ・・・」
ふふん。これはおまえでも知っているか。
・・・少しだけ、声を出そう。必要なものはそこの物置に入っている。
「うん、わかった。ええと、あれと、これと――」
たいして時間もかからずに、私の首輪に別のものが付けられる。これは散歩用のヒモ。またの名をリード。これがないと散歩は始まらないからな。準備ができるまでは、私は大人しく待っている。
「な、なんでだよ。なんで、アサミなんかに」
アサミなんか、とは失礼な。私は、ちゃんと世話をしてくれる者について行くだけだ。べ、べつにコイツに従っているわけでもないけど。
「ねぇねぇ。おにいちゃんも、いっしょに」
「うるせー!もういいっ!そいつはお前にくれてやるから好きにしやがれ!クソッ、なんでだよ、なんでアサミなんかに・・・」
ふふん、コイツもまだまだお子様だな。逃げるように家に入っていったよ。
さて。それでは散歩に・・・って。
「――おにい、ちゃん」
どうした?そんな顔して。これが、やりたかったんだろ?
「うん。だけど・・・きゃっ!?」
おっと、走るのはやめておくか。仮にも私は、コイツの言うことを聞いている身分だ。コイツを引っ張ってはいけない。ちょいとゆっくりめに歩いてやろう。
時間は――夕方までは、まだあるか。まずは手始めに、ウチのまわりを散歩しようか。あまり遠くに行ったら、兄ちゃんやお母さんが心配するだろ?
「・・・うん。そう、だね。じゃあ、おさんぽしよ?」
おう。・・・ふっふっふ、うまくいった。あぁあ、こんなお子様に従うフリをするのは嫌だけど。こうやって散歩ができるうちは、コイツの言うことを――。
幼稚園・保育園の年齢の時に、1人で勝手に犬を散歩させようとして、犬が大脱走した経験がある同志っていらっしゃる・・・?(なお数時間後に家には戻ってきました