2. 2~3才のはなし ②
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、14~15年ほど前の話。そしてここは、私の家。
「よい・・・しょ、っと」
おい、無理しなくていいぞ。
「いいの。わたし、ひとりでも、できるもん」
いや、おまえはまだ3才だろ。だから、
「ようちえんで、おぼえたの。きれいにする、って」
幼稚園?・・・ああ、そういえば最近のおまえは、朝からどこかに出かけるのが増えたな。でっかい車に乗って。何なんだよあの車は。
「うん。あれは、バス、っていうの」
ふーん。まあ、私にはどうでもいいけど。
朝。いつもと同じ。
なにも、変わりはしない。ずっとそうだった。
だけどここ最近は、朝早くからコイツが・・・3才の女の子が、色々とやってくれている。私の飲み水を変えてくれたり、庭を掃除したりと。
「ふぅ、おわり。うまく、できたかな?」
・・・。
「ん?ノーコメント、って、なに?」
私は何も言わず、犬小屋に入って、背を向ける。
コイツがやっていることは、しょせんは子供が見よう見まねでやっているだけ。だからハッキリ言えば、ダメ。うまくはできていない。飲み水がキレイになっているだけマシだけど。
「ねぇねぇ、どうしたの?こっち、みて?」
嫌だね。どうやらコイツには、私の言っていることが分かるようだ。だからグルルルと、声を出してやる。
「・・・どう、したの?」
おいやめろ。噛みついてやる、と言っているはずだ。
「ねえ、どうしたの?だいじょうぶだよ?わたしは、イタッ!?」
だから言っただろ?さすがに本気を出すつもりはない。私の体に触ろうと手を伸ばしてきたから、ほんのちょっぴり、手を噛んでやった。
・・・あとは何も言わない。ほら、こうしてやればお子様は泣いて――って。
「・・・う、ぐすっ」
・・・やめろ。そんな目で見るな。
「う、ううっ、うう」
じいっと。お子様は、私を見ている。噛まれた手を引っこめて、泣くのをガマンして。それでも私を見ている。離れようともしない。
・・・コイツには、何も言えない。だから私も、コイツをじっと見る。いわゆる、にらみ合い、ってやつだなコレは。
「・・・なかよく、しよ?」
ふん。知らんそんなの。
「・・・そんなに、いや?」
ノーコメント。何も言わない。吠えない。
「おにいちゃんが、そんなに、ひいっ!?」
やめろ。アイツなんてどうでもいい、と言ったはずだ!
「こらっ!いいかげんにしなさい、って言ってるでしょ!」
チッ、ついつい大声を出してしまったじゃないか。あぁあ、また母親がおっかない顔をしてやがる。だけど父親は・・・あれ?いない。そういえばここ数日は見てないな。また仕事で遠くに行ったか?
「アンタもいいかげんにしなさい!この子に近づいたらダメ、って言ったでしょ!?ああもう、どうして言うことを聞いてくれないの!?」
母親に、服の首元を掴まれて。
お子様は引きずられるように、家に入っていった。
・・・だけど、最後まで。私をずっと、見たままだった。
しばらくして。
「おう、おはよう・・・ってオイ!?」
別の人間・・・ランドセルだとかいう変なものを背負ったボーイが家から出てくる。だから、こうする。
「お、おいやめろ!朝っぱらからそんなに吠えるなって!」
知らんそんなの。ガルルルル。
「ううぅ、やっぱりお前は相変わらずだな・・・」
当たり前だ。今日という今日はマジで許さん。
「ま、まあでも、最近はアサミと仲良く、おおおぉい!?」
それが、ダメだ、って。言ってる、だろ?
おまえはアイツの兄ちゃんだろ?5才も上の、お兄ちゃんだろ?たしか今は小学3年生だとか言ってたよなぁ?
どうして、幼稚園に入ったばかりの3才児が。朝っぱらから、1人で、犬のウンチを片付けて、重たそうに水を変えていると、思ってんだ?
おまえだよなぁ?本当なら、おまえがやるべきことだよなぁ?
おまえは私の飼い主だよなぁ?ずっとそうだった。ここしばらくは妹が、色々とやってくれているが。おまえは4~5日に1回しかやらなかったよなぁ?最後に散歩をしたのはいつだったかなぁ?それすらも思い出せないよ。
なんでかなぁ?なんで、あんなにちっちゃい子が、できるかぎりのことをやってくれているのに。どうしておまえは、何もしてくれないのかなぁ!?
「うわわわ!?やめろって!うるさいだろうが!」
なんで!?私の言ってること、間違ってる!?おまえだよなぁ!?おまえがやれよ!おまえは私の『あるじ』なんだから、もっと私のことを、
「じゃ、じゃあな!行ってくる!」
・・・逃げるように出て行きやがった。ふん、話にもならん。
まあでも、これが普通か。人間には、犬の話なんて――。
・・・うーん、ふあぁあぁ。
「ハァ。アンタは気楽でいいわねぇ」
・・・母親の声がする。体を起こす。
ああ、私はいつのまにか寝てたのか。
「ふふん。ただいま」
母親と、妹。なるほど、幼稚園から帰ってきたのか。妹はまだお子様だから、家に帰ってくる時には、いつも母親が一緒だ。
「ねぇねぇ。おさんぽ、していい?」
おい、朝っぱらに噛んでやったのを忘れたのか。こっち来んな。
「ダメよ。この子のお散歩は、お兄ちゃんでもダメなのよ。言うことを聞いてくれないから、勝手に走り出したり、吠えてばかりだって・・・」
は?何を言ってんだ?
「えっ?・・・おにいちゃん、そんなこと、してたの?」
「えっ?アサミったら、何を、言ってるのよ」
クゥン、クゥン。甘えた声を出してみる。
「・・・うん。おにいちゃんが、わるい」
「ねぇ、アサミ?危ないから、その子からは離れて」
「このこが、いってるの。ぜんぜんたりない、って」
そうなんだよ。ちょいと歩いて、それで終わり。ひどい時には木やどこかにリードをくくりつけて、私を放ったらかしにして、同い年のボーイ達とサッカーで遊んでやがるんだよ。そんなことより、私と遊んでくれって言っ・・・てはいないからな。べつに寂しくはないぞチクショウが。
「あー。わかるわかる。わたしも、そうなの。おにいちゃんとおるすばんしていても、おにいちゃんはどこかにいっちゃうの。ウチには、ばんけんがいるから、おまえひとりでもだいじょうぶ、って。だからわたしも、いつもひとりで」
「えっ?・・・お兄ちゃん、そんなこと、してたの?」
おっと。また母親が、おっかない顔をしてやがる。
またしばらくして。そろそろエサの時間、だけど。
「アサミはまだ小さいから、ちゃんと2人で留守番してなさい、って言ってたでしょ!?あの子を放ったらかしにして何をやってたのよ!アンタお兄ちゃんでしょ!?ああもう、どうしてウチの子達は言うことを聞いてくれないのよぉっ!」
「ギャアアアアア!?お袋、それは違うって!」
なんか知らないけど、家の中がうるさいなぁ。
「ふふ。はい、ごはん」
おう。・・・これも、おまえの仕事になっちまったなぁ。
「いいの。わたしはすきで、やってるの」
ふぅん。まあ、それならそれでいいけど。
「ねぇねぇ。ダックスフンド、ってわかる?」
・・・私のことか?犬には色んな種類がいて、私はそういう犬だとは聞いてはいるけど。それは人間が勝手に決めたことだから、私にはどうでもいいよ。
「あのね。ダックスフンドには、スタンダードと、ミニチュアと、カニンヘンがあるんだって。それで、おまえはミニチュア。ちっちゃい、っていみ」
アァン?おまえにだけは、ちっちゃいとは言われたくないな。
ていうか、なんだよ。子供のくせに、そんな難しいことを言って、
「なかよくなりたいから、おぼえたの」
・・・。
「いぬのこと。べんきょう、してるの。だから」
ごめん。今日はもう、眠いんだ。
「うん、わかった。じゃあ、またあした」
・・・少し前までは、ロクにおしゃべりできなかった、はずなのに。
そしてまた、朝になって。
「おう、おはよう・・・って。あれ?」
ランドセルだとかいう変なものを背負ったボーイが家から出てくる。だけど知らん。私は眠たいんだ。ふあぁあぁ。
「お、おお。やっと吠えなくなったか」
・・・ふん。
もう、おまえなんてどうでもいい。おまえに吠えたり、噛みついたりすると、アイツが心配するからな。べつにアイツもどうでもいいけど。
あぁあ、ヒマだ。だけどアイツが幼稚園から帰ってくるのは・・・。
い、いや。アイツなんてどうでもいいし。ただ、私は――。
童話というよりは児童小説みたいになっているけど、このまま続けてもいい・・・?