【おわり】 20. 今(いま) ②
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
ここは、私の家。そして今は――。
家とは言ったが、私は犬なので。
人間達が暮らす家の、その外に。私の家はある。またの名を犬小屋。
今は、秋。そして今日は土曜日。もう昼過ぎか。ふあぁあぁ、今日もよく眠れるなぁ。変なのが玄関をウロついているけれど、気にもしないよ。
「・・・やっぱり、僕達も。行ったほうがよかったかな?」
若い男が、母親に寄りそっている。夫婦だからこれぐらいは普通か。
「無理、よ。もう私には、あの子が分からない。あんなことを、自分から提案する、だなんて。あんなに泣いて悲しむのなら、やらなきゃいいのに。なんで、あんなに可愛がってたのに、あんなことを、自分から、するなんて」
おい母親?どうした?なんでそんなに怯えてやがるんだ?
「分からない。どうすればいいのか、どうしてあげればいいのか、何をすればいいのか、何も分からない。ごめんなさい、お母さんを許して、ごめんなさい、あんなに思い詰めさせてしまって、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
ううむ。最近の母親は、どうも謝ってばかりだ。そんなに謝りたいのなら、本人に直接言えばいいのに。だけど本人には何も言わない。何も言おうとしない。私にも、母親が何をしたいのかがよく分からないよ。
――あっ。『あるじ』が帰ってきた・・・けど、変だな。今日は土曜日なのに高校の制服を着ている。髪は染めたままだけど、化粧もピアスもしていない。そして何よりも、元気がない。『あるじ』、どうしたんだ?
「ただいま・・・ああ、そうだった。さっきお別れしたばかりだった」
おい『あるじ』。いくらなんでも、無視するのはヒドいぞ。
・・・あれ?なんでだろ?
私はそこまで目がよくないはずなのに。今日は、違って見える。
分かる。よく見える。周りの景色が、よく分かる。
「・・・ああ。おかえり、アサミ」
母親が声を掛ける。だけど『あるじ』は無視をしている。
「ちょっとアサミちゃん。今日くらいは、話を――やめてよ」
再婚相手の父親に対しては、もっと扱いがひどい。恐ろしい顔で睨んでいる。だけど『あるじ』のこの目は・・・泣き過ぎて、目が腫れているのか?
おい『あるじ』、どうしたんだ?いったい何があったんだ?
「・・・私は2階に上がるから、勝手に上がってくんなよクソ親共が。晩ご飯はお腹が空いたときに勝手に作って食べるから、何もしなくていいよ?今さらご機嫌取りをしようとしても無駄だからね?」
親は何も言えずに棒立ちしたまま、『あるじ』は家に入って行った。
・・・ううむ。今日の『あるじ』は、そういう気分か。
それなら、そっとしておこう。『あるじ』の気分が落ちつくまではのんびりしてるよ。エサの時間までには元に戻っているといいなぁ。
「う、うーん・・・どうしよう。あっ、そうだ!新しいワンちゃんを買ってあげるのはどうかな?アサミちゃんなら可愛いチワワが似合う気がするけど」
ほう、2匹目か。悪くは無いと思うぞ?だけど残念だったな、『あるじ』は強くてイカつい犬のほうが好みだ。一番のお気に入りは、伝説の日本犬だとかいわれる猟犬。とっくの昔に絶滅しているようだけど。
「やめなさいよ。それだけは、冗談でも言ってはいけない。アサミにとっては、あの子だけが特別なのよ。アサミは犬と話すことができる、って近所でもよく言われているけど。アサミとおしゃべりができるワンコは、あの子だけなのよ」
母親も変わったなぁ。昔はちっとも信じてなかったくせに。
「せめて。食べてくれるかどうか、分からないけど。アサミの好きなものでも、作ってみるわ。ええと・・・ねぇあなた、アサミの好きなものって、わかる?」
「えっ・・・え、ええと、お寿司、じゃないの?」
違うな。『あるじ』はどちらかといえば野菜が好きなんだよ。それとホットケーキと、チーズ入りの卵焼きと、あとはイサムの料理なら何でも、が正解だ。
――ハァ、ダメだこいつら。子供の好物すらも知らないのかよ。
やはり『あるじ』には、彼しかいないな。だけど最近は・・・ん?足音が聞こえる。走ってきている音だ。しかもこの、におい、は――。
「あっ・・・久しぶりね。どうしたの?」
「ぜー・・・はー・・・ふ、ふう、疲れた。おばさん、アサミは居ますか?」
おう、ボーイ。どうした?そんなに汗だくで。しかもこのジャージ、あちこちが汚れている。まるでついさっきまで、サッカーでもやっていたかのようだ。
「アサミちゃんなら、いる、けど・・・その」
「知ってます。あのお姉さん・・・病院の研修医さんから聞きました。アサミと一緒に、亡くなるまで立ち会って。一緒に、お墓に骨を埋めてきた、って」
お姉さん・・・?えっ、あの人ここに来てるの?マジかよ久しぶりだなぁ、元気かなぁ。だけど、お墓に骨、って・・・何があったんだろ?
「知ってるなら、話は早いわ。今アサミに会うのは」
「どいてください。・・・俺がアサミを、どうにかします」
彼は、とても真剣だ。大丈夫か?また投げられたり、は――。
「尊厳死については、俺はどうこう言うつもりはありません。きっとアサミのことだから、アイツと話し合って、悩み抜いて、決めたことだと思うから。アイツらの判断に、文句を言うつもりはありません」
・・・なんだ?この、ボーイの、面構えは。
「だけど、アイツが死んだ今。アサミのそばに居れるのは、俺しかいない。だから俺がやります。俺に任せてください。アサミを、助けたいんです」
――いつまでも、ボーイだと、思っていたのに。
おまえも、立派な男になってたんだな。とてもカッコいいよ。
「おばさん。そして、おじさん。俺を、家に入れてください」
おい母親。どうして、そんなに泣いているんだ?そんな顔して、彼の手を握って、また謝っているよ。何度も何度も、彼に頭を下げている。
・・・そして3人は、家の中に入って行った。
――誰かが、私を呼んでいる。
これで、満足したか、と。
これで、心残りは無いか、と。
・・・あるに、決まっている。
後悔は無い。満足もしている。
だけど、嫌だ。行きたくない。
まったく、ふざけやがって。やっとくっつきやがったか。いや、だけどうまくいったかどうかまでは・・・ええい、続きを見せろ、どうなったか教えてくれ、ちゃんとうまくいったんだろうな?なぁ、どうなんだよ!?
頼むよ。もう少しだけ、時間をくれ。
私の一番の心残りが、まだ残っているんだ。それが終わらないかぎりは、そっちに行くつもりは無い。ずっとここにいる。行きたくなんかない。
『あるじ』はとても、泣き虫なんだ。『あるじ』を放ってなんかいられない。病院でも、ずっと、私が息を引き取るまで、ずっと泣いていて。火葬や納骨のあいだも、ずっと泣いて、だけど私をじっと見てくれていたんだ。
とても辛かっただろう。目を背けたかっただろう。だけど『あるじ』は、最期まで見届けてくれた。だから私も見届けたいんだ。『あるじ』を、これからも、ずっと。どんな人生を送るのか、どんな未来が待っているのか。
それを、見るまで、は。私は、行くわけ、には・・・。
「ごめんね、最期まで心配かけちゃって」
――『あるじ』、いたのか。
声のしたほうを見る。『あるじ』は、とても可愛らしい服を着て、犬小屋をじっと見ている。犬小屋にはもう、誰もいない。私はもう、そこにはいない。
「だけど、私はもう大丈夫だから。ゆっくり休んでね?」
『あるじ』は、笑って・・・いる、のか?
こんな顔、久しぶりに見た。心の底から、『あるじ』は笑っている。
これだ。これを、もう一度、見たかったんだ。
私は、それだけが。何よりも、心残りで。
「それじゃあ、行ってくるね」
・・・どこに、と。野暮なことを聞くのはやめよう。
ん?いつものキャリーバッグだ。いつも私を運んでくれる、それを。
「・・・今まで、ありがとう」
キレイに、折りたたんで。犬小屋の中に、入れた。
・・・うん、そうだよなぁ。やっぱりこれが、一番寝心地がいいんだ。
――待たせたな。今、そっちに行くよ。もう私には、何も言うことは無い。これで心置きなく、いつまでも寝ていられるよ。
そして眠れば、いつでもそこに。私と、『あるじ』がいる。
ええと、これは幼稚園の時で、これは小学生の時で、これは中学、そして高校と。いろんな大きさの『あるじ』がいる。
だけど私は、だいたい同じ大きさだな。小さいままだよ。
・・・これでいい。これが、いい。この夢をずっと、私は見続ける。
ずっと、一緒だから。安心して、寝ていられるよ。
おやすみなさい。我が、『あるじ』。
そして、いつまでも幸せに。笑って、生きてくれ。
―おわり―
テーマの趣旨をガン無視している気がするけれど。
たまには、こういうのを書きたかった。最後まで読んでくださった方には感謝しかないです。
なお、普段の私はノクターンで18禁文章を書いている者なので
18歳未満の方は作者ページを訪れないように、ご注意ください。