19. 16才のはなし ②
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、1年ほど前の話。そしてここは、市内のアパート。
今は夕暮れ。リビングの床に敷かれた新聞紙の上に、寝ころんで。
「はい、ごはん」
おう。・・・このにおい、は。『あるじ』、またカップラーメンか。
「いいじゃん。楽だし」
ううむ・・・まあ、いいけど。
私のごはんには手間を惜しまないのに、自分のごはんは適当。それが『あるじ』。実際はそれなりに料理もできる・・・というか、小さい頃から1人で留守番をすることが多かったから、それで料理を覚えたとは言っていたが。
このアパート・・・実の父親の家で過ごす時の『あるじ』は、ここでは絶対に料理をしようとしない。理由は聞いていないが、私には分かる。
『あるじ』と同じように。『あるじ』の兄・・・イサムも、1人で留守番をすることが多かったから、それで料理を覚えたと言っていた。
それで、イサムがこの家にいた頃は。『あるじ』や、当時付き合っていた彼女さんに、よく料理を作っていたんだ。このリビングのすぐそこに台所があるから、私が寝ころんでいるところからでも、イサムの姿が見えたんだ。
何をどうやっていたかまでは、犬の私にはよく分からないが。イサムは嫌々言いながらも、楽しそうに料理を作っていたのだけは、よく分かった。きっとイサムも、1人でごはんを食べるのが寂しかったのだろう。
あの台所には、イサムの思い出が詰まっている。だから『あるじ』は手を付けない。当時イサムがいた時のまま、残している。父親は料理をしないそうだから、このままずっと、誰も手を付けることは無いだろう。
・・・なぜなら。イサムは今、そこにいるのだから。
「あっ!今ちょっとだけお兄ちゃんが映った!」
『あるじ』は、テレビを見ているようだ。
「うーん、やっぱりベンチだと少ししか映らないなぁ」
『あるじ』が見ているのは、録画されたもの。どこぞから手に入れたという、とある地方のサッカーの試合。そしてその試合にイサムが出ているのだとか。なぁ『あるじ』、ベンチというのはどういう役割なんだ?
「役割、って・・・そもそもお前、サッカーが分かるの?」
フォワードとディフェンスの違いなら分かる。ボーイが攻めのフォワードで、あのお姉さんが守りのディフェンス。イサムもゴールキーパーだとかいうディフェンスの一種。それとは別にミッドフィルダーというものが――。
「分かったもういい。・・・それもそうだね、あの頃は3人とも、ずっとサッカーばかりやってたよね。毎回お姉ちゃんの1人勝ちになっちゃうけど」
そうそう。それで、結局のところ。今イサムは、何をしてるんだ?
「うーん・・・ハッキリ言っちゃうと、控えの選手。お兄ちゃんはまだ新入りだから、お兄ちゃんより強い人達がいっぱいいるの。それでもし、その人達が怪我でもしたら、代わりにお兄ちゃんが戦うことになる、ってところかな?」
ふむ。つまり・・・イサムがもっと強くなったら、もっとテレビに映るようになる、ということか?もしくは、試合に出る、と言うべきか。
「まあ、そうなるかな?・・・あぁあ、終わっちゃった」
『あるじ』は残念そうだ。深くは聞くつもりは無い。
なぁなぁ『あるじ』。ボーイはテレビには出ないのか?
「・・・アイツの話はやめてくれる?」
そう言われても、私にとっては生き甲斐の一つなんだよ。あのお姉さんはサッカーを辞めたから、そのかわりにイサムとボーイが頑張っているのを見たいんだ。それと『あるじ』にステキな彼氏ができるのも見たいし。
「ふん。もうお前、ロクに目が見えなくなってるくせに?」
ああ。だから代わりに、『あるじ』が見てほしい。もしボーイが試合に出ることがあるのなら、私の代わりに見て、その内容を教えてほしい。
「・・・そんなに、アイツが好きなの?」
『あるじ』とボーイのうち、どちらか1人を選べと言われたら、悩み過ぎて頭がおかしくなるほどには、ボーイのことを気に入っている。
まあでも、『あるじ』がボーイを嫌っているのなら仕方がない。ガマンするよ。ボーイも学校が忙しくて、最近会えなくなったからなぁ。
「・・・ガマンは、ダメ。ガマンしたところで、良いこと無いよ?」
おおう、体験者は語る、というものか。
「うるせぇ。・・・分かったよ。ちょっと待ってて」
『あるじ』はスマホを操作しているようだ。
「――チッ、あるのか。まあいい、明日にでも行こっか?」
おう。・・・ええと、どこに?
翌日の昼。キャリーバッグに入れられて。
「・・・ふぅん」
『あるじ』。ボーイは何をやってるんだ?
「まあ、ボチボチ?特に言うことは無いよ」
ここは、市営のグラウンド、と呼ばれるところらしい。
目に映る景色はボヤけているけれど、においと音で分かる。ここには人間がいっぱいいる。サッカーをやっている人達と、サッカーを見ている人が数人。
私達は、どうやらすみっこの方にいるようだ。『あるじ』は遠くから、試合を見ている。なぁなぁ『あるじ』、ボーイは頑張っているか?
「・・・ボチボチ」
そうか。ちゃんと活躍しているのか。
・・・なぁなぁ『あるじ』、ボーイは頑張っているか?
「・・・ボチボチ」
そうか。今は休憩しているのか。
・・・なぁなぁ『あるじ』、ボーイは頑張っているか?
「・・・ボチボチ」
そうか。ベンチの選手と交代したのか。攻撃はもう十分やったから、あとは守りの選手に任せる、ということだな?
「私はそこまで言ってないんだけど?」
分かるさ。『あるじ』が思っていることは、何でも分かるよ。
「さて、もういいでしょ?サッカーは一度ベンチに入ったら、もうその試合には出れなくなるの。だからアイツは、今日はもう戦わない」
そうか。だったら、試合が終わってから会いに行かないか?
「は?何言ってんの?」
それぐらいは許されるのではないのか?
「・・・ダメ。私みたいな不良が、近づいたらダメ。アイツの高校も、今日の対戦相手も、真面目な学校だから。私なんかが、ジャマをしたらいけないのよ」
・・・だったら、その格好はもう、やめないか?
「嫌だ。これが私だ。私は好きなように、やってるのよ」
だったら。これからも、私も好きにしていいか?
今度またボーイの試合があったら。こう、してほしい。
「・・・そんなに、嬉しいの?」
イサムと、ボーイと、『あるじ』。それが、私のすべてだよ。
それで、もっと欲を言えば。『あるじ』と一緒にボーイとおしゃべりしたいな。私の言っていることは、『あるじ』がいないとボーイには伝わらないから。
「ふざけんな。それだけは絶対に嫌だ」
・・・まあ、死ぬまでに。できれば、いいさ。
「お前はそう簡単に死にはしないよ。私がどれだけ気を付けてると思ってんの?ごはんと体の手入れと毎日の運動と、最近では飲み水にもこだわって――」
『あるじ』のおかげで、ここまで生きていられた。
それだけは、真実。それが、私の誇り。
『あるじ』は、本当によくしてくれた。
『あるじ』は、自慢できる飼い主だ。それがとっても、嬉しいんだ。
「・・・ごめんね。もっと私が早く、病気に気付けてたら」
「何を言ってるのよ。ウチの先生も、アサミちゃんが説明してくれるまでは気付かなかった、って言ってた。アサミちゃんが、この子にずっと向き合っていたから、獣医でも見逃してしまうような体の異変に気付けたのよ」
まったくだよ。今さらながら思うけど、『あるじ』って何なんだよ。
「やっぱり、アサミちゃんには勝てそうにないや。私なんて」
「もうやめてよ、お姉ちゃん。・・・ごめん、ね」
『あるじ』が謝ることはない。これも、私のワガママなのだから。
・・・ただ、最期に。もう一つだけ、ワガママがある。
「なによ。アイツと会うのだけは、嫌だからね」
ああ、それでいい。むしろ、そうしてくれ。
今度、大事な試合があるんだろ?だからせめて、その試合が終わるまでは。
私のことは伝えないでほしい。彼のジャマだけはしたくないんだ。
・・・あとの心残りは。墓にでも、持って行くよ。
夢は終わる。
そして、今から私は夢を見る。
こうなればいいな、と思う夢を。
私の一番の心残りが、無くなる夢を。
・・・なぁ、『あるじ』。
「大丈夫。私はずっと、一緒に居るよ?」
そう、だな。私達は、ずっと一緒だった。
お別れの日が来るまで、ずっと、私達は――。
明日の最終回で完結できる・・・?