18. 16才のはなし ①
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、1年ほど前の話。そしてここは、家の玄関。
平日。もうすぐ日も暮れる。そして、犬小屋で寝る私と、
「・・・やあ」
・・・。
「どうすれば、いいんだろうか?」
・・・。
「僕は、アサミちゃんに。何が、できるかな?」
・・・。
「たとえ血は繋がってなくても。父親として、何ができるのかな?」
・・・。
「僕からしたら。たまたま出会った女性と、仲良くなった。そしてその人は、旦那さんとはいずれ別れる予定だ、子供は上手く言い聞かせるから、と言っていたから。その言葉を信じて、この家の家族になったんだ」
・・・。
「今さらになって、こんなことを言うのもどうかしているけど。僕に、アサミちゃんの父親になる資格は、あるかな?家族になる資格は・・・って」
――グル、ルル、ル。
「そう、か。そうだよね、今さら、そんな資格は無いよね」
・・・。
「だけど、いずれは。話せば、分かって」
「クソ親父が。私のワンコを、いじめる気?」
おう、おかえり。犬小屋から出る。
「あ、アサミちゃん。おか、えり」
「どうしたのクソ親父。こんな高校生のガキにビビってんの?」
『あるじ』よ。そんな恐ろしい顔をしたら、誰もが怯えてしまうぞ?
「ふん。勝手にビビってる奴が悪いのよ」
ハァ・・・あれっきり彼とは一切会わなくなったし、ご近所からも恐れられて、そして家ではこの有様、と。昔は可愛いお嬢ちゃんだったのになぁ。
「うるせぇ。そういうお前は、何様なのよ。飼い主に対して文句を言ってばかりで。ここ最近はますます年寄り臭くなってんじゃないの?」
そりゃあ私はババアですもの。あぁあ、最近は腰が曲がって、
「曲がってねぇよ。ちゃんと毎日マッサージしてあげてるでしょ?」
えっ、あれってマッサージだったの?てっきり、『あるじ』の新しい遊びだとばかり・・・だけど納得はした。どうりで未だに、普通に歩けるわけだ。
・・・だったら。あぁあ、最近は食欲が落ちて、
「落ちてねぇよ。ちゃんと食べやすく、細かくしてるでしょ?」
うん。まったくもって、『あるじ』は立派な飼い主だよなぁ。
「は、はは、アサミちゃんは、やっぱり凄いねぇ・・・だけどやっぱり、僕には信じられない、かな?犬と話せる、だなんて。しかもその子、鳴いてないのに」
そりゃあ私はババアですもの。あぁあ、最近は声が出し辛くて不便しているよ。だけど『あるじ』とは、こうやって話せるので・・・。
「ほお。クソ親父ったら、父親として、何ができるのか、だなんて言ってたんだね。この子の言ってることが分からないくせに、何を偉そうなことを」
「――え?なんで、そのこと、を?」
何を今さら。これくらいのことなら、ずっと昔からできるぞ?
「・・・だったら。少しは、お父さんらしく、してもらおう、かな?」
「えっ!?う、うん、そうだよ。少しは僕だって」
「お父さん。おこづかい、欲しいなぁ」
・・・『あるじ』。この前もらったばかりだろ?
「だって、アクセサリーって高いんだよ?髪型を整えるのにもお金が掛かるし、それに高級ドックフードも買いたいからね。アレ、美味しいでしょ?」
う、うん。それは、まあ、認める、けど。
「アサミちゃん。いくらなんでも、それは」
「そう。お父さんは、私の父親になりたくないんだね」
いつのまにか『あるじ』は、キャリーバッグを用意していた。
「だったらいいよ。本当のお父さんにお願いする。あっちはいくらでもお金をくれるから、チョロ・・・じゃなかった。いいお父さんなんだよねー」
「わ、わかった!おこづかい、あげるから・・・ね?」
「ふん。金を出すのが遅いんだよ、クソ親父が。まあいい、今日はウチで寝泊まりしてやるよ。・・・じゃあね、また後でごはんを用意するね」
・・・いちおう親子は、家の中に入って行った。
まったく、あのヘタレが。これで断固として拒否して、ちゃんと『あるじ』を怒ってくれたら、今さらながら家族として認めてやってもよかったんだが。やっぱり、あの男ではダメだな。やはり『あるじ』には、彼しか――。
「よう。元気か?」
・・・いたのか、ボーイ。
「相変わらずアサミったら、荒れてるなぁ。おまえも大変だろ?」
フッ。私の気持ちを分かってくれるのはボーイだけだよ。
「俺はアサミと違って、おまえの言っていることなんて分かりはしないけど。なんとなくは、気持ちが分かるんだ。・・・おっと、アサミがそろそろ来そうだから、俺は帰るぞ。また今度、ゆっくり話そうぜ?」
おう。私の言っていることは伝わらないけれど、彼の話を聞くのはとても楽しいんだ。高校でサッカーを頑張っているとか、近々試合に出るとか。
・・・これで、『あるじ』と向き合ってくれたら、何も言うことは無いのだが。彼は、『あるじ』のことを分かっているからこそ、会おうとはしない。
「おまたせ。はい、ごはん。・・・どうしたの?ご機嫌だね」
そりゃあ、エサの時間なんだから。気分も良くなるよ。
・・・ところで『あるじ』。高校は、楽しいか?
「んー。ボチボチ、かな?」
そう、か。・・・そろそろ家の中に戻ったほうがいい。だけどケンカはするなよ?『あるじ』が大声で騒ぐから、うるさくて眠れないんだ。
「・・・チッ。これだから、年寄りは。分かったよ、今日くらいは平和に過ごしてやるから。お袋とも、ちゃんと話をする。それでいいでしょ?」
うん。分かってくれたのなら、それでいいんだ。
知っている。分かっている。
『あるじ』のことは、何でも分かるのだから。
『あるじ』は嘘をついている。高校、楽しくないんだろ?
幼稚園の時も、小学校の時も、中学の時・・・は、中2の半ばまでか。それまでは、自分からベラベラと。聞いてもいないことを、話してきてたのに。
高校生になってからは。ほとんど、学校のことを話さない。
そもそも、さっきも私服姿だったからな。平日なのに。
・・・中学の最後あたりから、『あるじ』は学校をサボりがちになって。そして今では、それが当たり前になりつつある。『あるじ』は、そういう高校だから退学にされることは無い、とは言っていたが。私は心配でしかないよ。
・・・そしてこれが、彼が『あるじ』に近づこうとしない理由でもある。
彼はとても頑張って、今の高校に入った。頭はそこまで良くは無いらしいが、サッカーがとても上手いからという理由で、今の高校に入れたのだとか。
そして彼が、どうしてサッカーが上手くなったかと言うと。あの2人の――イサムと、その元カノさんのおかげだ。いつもフラフラになるまで、年上の2人相手に練習して・・・フラフラになった数だけ、彼は上手くなったんだ。
だから彼は、『あるじ』とは会おうとしない。彼は、『あるじ』に無いものを持っているから。それで『あるじ』が羨ましがって、みじめになって、傷ついてしまうから。彼は『あるじ』を傷つけたくないから、こうして――。
ダメだ。
やっぱり、彼しかいない。『あるじ』には、彼しかいない。
どうにか、この2人をくっつけたい。くっつけないと、いけない。
・・・分かるんだ。私も、そろそろ。年を取り過ぎたから。
『あるじ』のおかげで、この年になるまで元気でいられたけれど。私はいつ体調を崩しても、おかしくは無い。ご近所のワンコ達も、今はもうみんな病気や老衰で・・・という話はやめておくか。
とにかく。これが私の、最後の務めだ。
これが最後の戦いになるだろう。うまくできるかどうかは、分からない。
・・・それでも、これが。小さい頃から長年に渡って、私の世話をしてくれた『あるじ』への、恩を返すことなる、と。そう信じて、私は――。
今日から仕事始めだけど、コレ期限までに終わるかな・・・?