17. 15才のはなし ②
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、2年ほど前の話。そしてここは、家の玄関。
春の朝。新しい年が来た。
『あるじ』も今日から高校生か。小学校に入った時にはランドセルを自慢してきて、中学に上がった時には制服がどうだとか言ってたなぁ。私には色というものが分からないけど、『あるじ』が楽しそうにしていたのは覚えている。
「おはよう。水、キレイにするね」
おう、おはよう。・・・ん?
「どうしたの?何か、気になることでも?」
なぁ『あるじ』。その髪、ちょっと変じゃないか?
「そう?・・・まぁ、初めてヤってみたから、変かもしれないけど」
それに、いつもと違うにおいがする。これって・・・もしかして、化粧をしているのか?オイオイ、そんな母親みたいな真似をしてどうするんだよ。そういうことをするのは、もっと大人になってから、じゃないのか?
「いいじゃん、今日から高校生なんだから」
・・・そういう、ものなのか?
「そうよ。これくらいは普通よ」
そう、か?ううむ、『あるじ』がそう言うのなら間違いは、
「――おい、アサミ。なんだよ、それ」
・・・やっぱり、間違っていたのか。
声を掛けてきたのは、近所に住む制服姿のボーイ。顔馴染みだ。
「・・・なによ。今日からお前は別の学校でしょ?」
「ああ、だけどつい、いつもの癖で・・・って話はどうでもいい。何なんだよその格好は。茶髪で、化粧して、ついでに耳にピアスまで付けて」
そういうボーイは・・・頭が丸まっている。髪を全部切ったのかな?
「いいのよ。私の高校は、そういう所なんだから。お前みたいなエリート校とは違うからね。・・・私に構ってるヒマがあるなら、さっさと行ったら?」
『あるじ』はボーイに背を向けて、玄関に向かう。
「・・・おばさんは、なんて言ってるんだ?」
「何も言ってこないよ?ちょいと睨んでやったら、黙ってくれるし」
・・・うん。私は昔から知っていることだけど、『あるじ』の怒った顔は、とても怖いんだ。だから母親も、あの男も。『あるじ』には何も言えないんだ。
「じゃあね、行ってくる」
玄関から荷物を取ってきた『あるじ』は、そのままボーイの隣を、
「いいかげんにしろ。今まで何も言わないでおいたけど、もう見てられない」
・・・通り抜けようとしたけど。ボーイが、『あるじ』のジャマをする。
「――ジャマ、するな」
「そんな不良みたいなことはやめろよ、みっともない」
今、『あるじ』の怒った顔に唯一向き合える人はボーイしかいない、けど、
「なぁアサミ、おまえはそんな子じゃなか、うわっ!?」
・・・今回は、見届けておこうか。
『あるじ』は荷物を地面に放って。ボーイに、襲い掛かる。
「ちょ、おま、それはやめろって!」
「――お前に、私の、何が、分かるの?」
ボーイは今、上下逆さまになっている。『あるじ』が両手で持ち上げてるんだ。片手は股の間を、もう片手は頭を掴んで。
「お前が羨ましいよ。お父さんとお母さんが仲良しで」
ボーイはジタバタしている。だけど、意味がない。
「そんなお前に。私の、何が、分かるのよ!?」
「ゴフッ!?」
『あるじ』は股の間に入れていた手を、ボーイの腰に回して、ボーイもろとも斜め横に倒れ――お、おい。いくらなんでも、それはヤりすぎでは・・・?
「い、いだ、あが、ががが」
ボーイは背中から地面に叩き落とされて、苦しんでいる。
「あらら、新しい制服が汚れちゃったね。だけど、もっと汚してあげるよ。今度はどんな技を食らいたい?一発投げられただけじゃ足りないでしょ?」
ダメだ、このままだとボーイが危ない!・・・久しぶりだけど、できるか?最近あまり声が出せなくなったからなぁ、ってそんなことはどうでもいい!ガウガウガウガウガウガウガウガウガウガウウウウンンン!
「こら。うるさいでしょ、近所迷惑で・・・あっ」
「な、なによ、これ。どういうことなのよ!?」
ぜー・・・はー・・・ふ、ふぅ。ボーイには悪いが、水を飲ませてもらう。あとは駆け付けてくれた母親とオバサマ達が、どうにかしてくれるだろう。
玄関からは母親が。外からはオバサマ達が、私達を見ている。
「あ、アサミちゃん、いったいなにを・・・ひっ!?」
しかし、誰も何も言えない。思えば、この『あるじ』を・・・怒りを通り越して、心の底からブチ切れた『あるじ』を、ご近所さん達に見せるのも初めてだな。今まではずっと、ご近所さん達の前ではニコニコしてたのだから。
「どきやがれ、ババア共が。見世物じゃないんだよ」
こんな言葉も、ご近所さん達には言ったことは無かったというのに。
「・・・じゃあね、今度こそ行ってくる」
『あるじ』は何事も無かったかのように、荷物を持って歩いて行った。誰も、何も、言えない。みんな立ったまま。ボーイも寝たまま。
たまらず私はボーイのそばに駆け寄り、甘えた声を出して、オバサマ達に視線を送る。おい、ボーっと突っ立ってないでボーイを助け・・・って。
「うう、ぅ。まだ、頭がグラグラ、する」
ボーイはどうにか体を起こして、私の頭を撫でている。
・・・すまん。『あるじ』が、ここまで、するとは。
「よしよし。俺は大丈夫だから、心配するなよ。・・・母ちゃん、入学初日だけど、休んでいい?こんな格好だと登校できないし、体も痛いしで」
・・・あとは、人間の大人達に任せよう。私は犬小屋に戻る。
その後は、犬小屋に引きこもっていたから分からない。しいて言えば、母親がボーイに何度も謝っていたな。ウチの娘が悪いことをした、って。
だけどボーイは。俺なんかに謝るより、アサミに謝れ、と。アサミは小1の頃から、ずっと悩んでいた。誰にも言わないでくれと言っていたから、黙っていたけど。アサミがどんな気持ちで、今まで生きてきたと思ってんだ、と。
アサミがどんな気持ちで、死を覚悟して。浮気相手の車に、自分から突っ込んだと思ってるんだ、と。・・・ボーイも、知っていたのか。アレを。
それを聞いて、大人達はまたポカーンと立ったまま、ボーイは自分の足で帰って行った。・・・私は犬だから、人間のすることなんて理解できないよ。
だから、私は何も見ていない。何も分からない。それでいいんだ。
私には、何もできない。私はただの飼い犬だ。毎日世話をしてくれる人・・・『あるじ』がいないと生きていけない。私は、そういう生き物だ。
私には、何も言うことはできない。そもそも、私の言葉なんて誰にも分かりはしない。それが普通なんだ。だから私には、何も言えないんだ。
「ふふん、ただいま」
『あるじ』の声が聞こえる。だけど私は、目を閉じたままだ。
「やっぱりコレで正解だったよ。私の高校って、どいつもこいつもアレな格好をしててさ、むしろ私なんて地味なほうだったよ。隣の席の子なんて」
・・・いいかげんにしろ、アサミ。
「ん?どうしたの?気分でも――なによ、その顔は」
ああ、最悪だよ。おまえのせいで、な。
謝れ。ボーイに。
「・・・お前まで、そんなことを言うの?」
これだけは、絶対に譲らない。さもなくば、二度とおまえのことを『あるじ』とは呼ばない。もう、おまえなんてどうでもいい。ずっと無視してやる。
「・・・そこまで、怒ることは」
悪いことをしたら、怒る。当然だろ?
「――わかったよ。だけど今日はもう遅いから、明日でもいい?」
ふん。今日はそれで許してやろう。ちゃんと謝っておけよ?
・・・『あるじ』に付き合いきれるのは、彼しか、いないのだからな。
エ●ラルドフロウジョンの描写って、これで合ってる・・・?