16. 15才のはなし ①
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、2年ほど前の話。そしてここは、父親のアパート。
父親といっても、私ではなくて。私の『あるじ』の実のお父さんが、住んでいるところ。キャリーバッグに入れられて、電車に乗って・・・ここに来るのも何度目かなぁ。ちなみに今は休日の午前だ。ごろごろごろ。
「よしよし。そこで大人しくしててね?」
うん。それはいいんだ。
リビングと呼ばれる部屋の中の、そのすみっこに。新聞紙を重ねて、広げた場所。ここが私の居場所。『あるじ』が言うには、私のように家の外で飼われているワンコを室内に入れる時は、こうするのがマナーなのだとか。
ついでに言うと、あまりウロウロしてはいけない。部屋の中が汚れたり、私の毛が床に落ちてしまうから。これについては理解はできるので、私は大人しくしている・・・けど。ええと、その、何と言うべきか。
「どうしたの?トイレは、そこのシートでやってね?」
うん。それもいいんだ。
私が寝っころがっている新聞紙のすぐそばには、また別のものが広げられている。それと散歩用の、持ち運びができる飲み水もある。『あるじ』はこういうところがしっかりしているから信頼できる・・・けど、その、
「・・・ハァ」
・・・まあ、何も言わないよ。
『あるじ』はテレビをつけて、ボンヤリしているだけ。
服装は、『あるじ』の兄が着ていた服だ。このアパートに残っていたものを着ているようだが・・・イサムが高校生の時に着てた服なので、中3の『あるじ』には若干サイズが大きい。だぶだぶだ。
――ふあぁあぁ。
「はい、ごはん」
ん?・・・ああ、もうこんな時間か。いただきます。
『あるじ』も、ちゃぶ台に自分の食べ物を用意している。これも何度も見ているから分かる。あれはコンビニ弁当、ってやつだ。以前イサムがいたときには、イサムが色んな料理を作ってくれていたが・・・もう、何年も前の話か。
食事が終われば、『あるじ』が片付けをして・・・ハイハイ、お風呂だろ?『あるじ』に担がれて、風呂場に入って、一緒に体をキレイにして・・・ふう。ここで寝泊まりをする時には、いつもこうしているんだ。
本当だったらこのアパートは、ペットは禁止なのだが。私はここでは静かにしているためか、一度も怒られたことは無い。詳しくは分からないが、『あるじ』もゴミやにおい、アレルギー対策などはバッチリしているとは言っていた。
そしてまた『あるじ』に担がれて・・・このアパートにはリビングとは別に、2つの部屋がある。あっちは父親の部屋で、こっちはイサムの部屋。
私達が入ったのは、イサムの部屋。キレイに片付けられている。中にはベッドもあるが、これもイサムが使っていたもの。私は床に敷かれた新聞紙に寝かされて、『あるじ』はベッドの上に寝っころがる。
「・・・おやすみ」
そして部屋の明かりが消える。・・・いつもの、休日だ。
ここにはもう、イサムは帰ってこない。イサムの彼女・・・いや、元カノさんと言うべきか。あの人のにおいも、今となっては何も残っていない。
それでも『あるじ』は、時々ここに寝泊まりする。そういう気分なんだ。
朝。『あるじ』は布団を干して、洗濯機を動かして、部屋を掃除して・・・これくらいはできるんだよ。小学生の時から、ずっと。
そしてリビングで朝ご飯を・・・なぁ『あるじ』、また菓子パンなのかよ。
「いいじゃん、安いんだから」
・・・そう、か。
ここで寝泊まりする時は、『あるじ』はいつもこうだ。近くのコンビニで買ってきたものを食べる。ただ、それだけ。だけど私にはちゃんとしたごはんを・・・私がいまだに元気なのは、私のエサがちゃんとしているからだと思う。
あれはまだ、イサムと父親が家に・・・家族4人が一緒だった頃だったな。まだ幼稚園児だった『あるじ』が、犬のごはんはこうするべきだ、ああするべきだ、と騒いで騒いで。それで仕方がないから、親がいろんなエサを買ってきて。
・・・犬のエサって、あんなに種類があったんだな。食べ比べをするのは楽しかったよ。そして『あるじ』は犬のエサの成分表・・・エサの中にどういう栄養があるのかを読むために、小さい頃から勉強を頑張っていた。
『あるじ』の頭がいいのは、そういう理由もあるんだ。時には犬好きをこじらせて、よそのワンコをジロジロと見たり、特に大型のワンコに出会おうものなら興奮しまくって・・・なぁ『あるじ』、最近のお気に入りはなんだ?
「うーん・・・やっぱり重視するべきは見た目と戦闘力の両立だから、シベリアンハスキーとダルメシアンとビーグルとあとえっと」
分かったもういい。・・・『あるじ』の話について行けるのは、イサムの元カノさんぐらいだよ。あの人も口を開けば犬の話題しか無かったなぁ。
「――アサ、ミ?」
・・・おう、久しぶりだな。
「おはよう、お父さん。おジャマしてるね」
スーツ姿の男性が入ってきた。いや、帰ってきた、と言うべきか。
「――おまえ、どうして。ウチに、いるんだ?」
「ええぇ。離婚したといっても、お父さんはお父さんでしょ?」
父親は、立ったまま。『あるじ』は父親と顔を合わせようともしない。
「それに、お母さんが嫌になったらいつでも来ていい、って言ってたじゃん。べつにお母さんが嫌になったワケじゃないけど、そういう気分なの」
「あ、ああ、それはいいんだ。アサミがそうしたいのなら、好きなだけウチにいればいい。それはいいんだ、けど・・・おまえ、学校は、どうしたんだ?」
・・・もう一度言うが。『あるじ』が休日に、ここに寝泊まりをするのはよくあること。そして昨日は日曜日だったから、昨日までは休日で間違いは無いな。
「今日は、月曜だろ?学校は・・・まさか、おまえ」
「お父さんこそ。昨日は日曜日だったのに、どうしてそんな恰好をしてるの?しかもこれ、女の人の香水のにおいだね。さっきまで、一緒だったの?・・・まあ、それはいいか。お父さんも今は、誰とデートしようが自由だもんね」
「そ、それは今は関係ないだろ。それより、学校に」
「関係あるよ。親が子供を放ったらかしにしているから、子供は不登校になる。よくある話だね。しかもウチは、お父さんもお母さんも、再婚相手もみんなダメダメ。お兄ちゃんはよくガマンできたなぁ、私には無理だよ。だから私は」
「やめろ。やめなさい。・・・お母さんに、電話しても、いいか?」
ほう。まさか自分から、あの女に連絡を取るとはな。
昔は勉強もスポーツも、得意だったのに。
今の『あるじ』は、ずっとこういう生活を送っている。
もう、何もかもを諦めているのだから。戦いが終わってから。
・・・今のあるじには、誰も付いて行けんよ。
「アサミ、車に乗りなさい。父さんがウチまで」
「いらない。電車で帰る。じゃあね、お父さん。ついて来ないで」
イサムの服から、学校の制服に着替えて、私達はここを出る。ええと、ここには金曜の夕方からいたから・・・三泊四日、ってやつだな。
・・・『あるじ』自身も。どうすればいいのか、何をすればいいのかが、分からないんだ。だから、その日の気分によって、今日も私と一緒に――。
最後に犬を飼っていたのはもう何年も前になるのに、いまだにドッグフード売り場をウロウロする趣味があるのは変かな・・・?