15. 14才のはなし
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、3年ほど前の話。そしてここは、私の・・・ふん。
平日の昼過ぎ。のんびりする私。
「・・・アンタもすっかり、大人しくなったわね」
家の玄関先で。犬小屋の中で寝っころがる私と、私をじっと見ている女性。犬小屋の前でしゃがんでいるこの人を、私は母親と呼んではいる。
「もう14才なんだろ?人間でいえばお婆ちゃんの年齢だから・・・って」
――ガルルルル。男を睨みつける。
「・・・あのさぁ、だからどうして僕には、そんな態度なの?」
私が婆さんなのは認める。年齢もそうだけど、ここ最近は昔に比べて、めっきり体力が落ちたからな。むしろ今までが元気すぎたのかもしれないけれど。
・・・『あるじ』が何もかもを諦めてからは、トレーニングをする必要も無くなったから。今の私にはもう、誰かに噛みついたりする気は起きないよ。
「うーん・・・ねぇ、だから仲良くしようよ?」
ふん。できるだけ不機嫌な声を出してやる。私は何があっても、おまえを父親だとは思わない。おまえなんかを家族だとは思わないからな。
「まあ、この子はもともとアサミにしか懐かなかったからねぇ。唯一の例外はアサミの彼氏ぐらいかしら?本人曰く、付き合ってはいないらしいけど」
うん、それだけは同意する。誰から見ても、アレってカップルだよな?
「・・・ただいま」
そして噂をすればなんとやら。おかえり、『あるじ』。
『あるじ』は学校帰りなので、制服姿。それと手には学校用のカバン。
「・・・あれ?アサミちゃん、ずいぶん早いね。部活はどうしたの?」
『あるじ』は中学生だから、学校では勉強とは別に、部活だとかいうものをやっていた。・・・少し前、まではな。
「えっ、言ってなかったかな?とっくの前に辞めたよ?」
「えっ・・・、ハアッ!?」
おおう、母親よ。なんだそのマヌケな声は。だけど『あるじ』は何事も無かったかのように、私のキャリーバッグを用意している。
「ちょっとアサミ!?どういうことなのよ!?」
よいしょっと。鎖を外してもらって、キャリーバッグに入る。
「どうして言ってくれなかったの!?アンタって部活では一番活躍してるって、近所の人が言ってたのに・・・ねぇ、どうして言ってくれなかったの?」
「だって。家に帰っても、私1人だけだもん」
・・・どうした?母親も父親も、何か言ってみろよ。
そりゃあ、馬鹿親共は知らないよな。分かるわけがないよな。娘を1人、家に置いたまま。夫婦で夕方から出かけたり、旅行に行ったりで。こうやって『あるじ』と話すのも数日ぶりというクソ親っぷりよ。
・・・そもそも。娘の活躍を、本人からではなく、ご近所から聞いているという時点で。娘とロクにおしゃべりをしていない時点で、終わってるんだよ。
『あるじ』の片手にはキャリーバッグ。もう片手には、犬の散歩をするための道具。服装は制服のまま。そして両親はポカーンと立ったままだ。
「ね、ねぇ。今日はせっかくだから、一緒にどこかに出かけない?」
「いつもみたいに2人で行けば?私が一緒だったらジャマになるでしょ?私だってもう中学生なんだから、それぐらいは分かってるよ」
『あるじ』は、声を掛けてきた父親を見ようともしない。
「ね、ねぇ、アサミ?何か、悩みがあるなら、お母さんに」
「何も無いよ?・・・しいて言えば、娘を放ったらかしにして浮気ばっかりする母親は嫌だなぁ、って思ってたぐらいかな?もう過去の話になるけどね」
もちろん、母親にも目を合わせない。
・・・これもまた、『あるじ』の思い付き。
私だってもう中学生なんだから、私1人でも大丈夫。だから2人はやりたいようにやっててよ、と。両親に言う。ただ、それだけ。
「だから私も、やりたいようにやるの」
『あるじ』は、笑っている。表情、だけは。
・・・これでもし、『あるじ』の言われるがままでは無くて。いやいや夜中にアサミちゃんだけだと心配だよ、と言ったりだとか。もっと前から、一緒に出かけよう、とでも言えば、まだ許したのかもしれないけれど。
つまりは。『あるじ』が親達に、テストを出したんだ。これに正解したら、もう過去のことは忘れて家族として認める、というテストだ。
――そして、おまえらは不正解だったから。もう、家族では無いんだよ。
親達は何か言っていたが、『あるじ』は何事も無かったかのように家を出る。
ここ最近の私は、気分によっては歩いたりもするが、こうやってキャリーバッグに入ったまま散歩をすることも・・・これって散歩でいいのかな?
「あっ・・・アサミ、ちゃん」
どうも、オバサマ達。『あるじ』も頭を下げている。
「あ、あの、アサミちゃん。新しいお父さんとは、仲良くやれてる?」
オバサマ達は、恐る恐る、といった様子だ。
「仲良くも何も、いっつもお母さんと遊んでばかりだから、私には分かんないよ。浮気してた時から、ずっとそうだったからね」
「い、いや、アサミちゃん、そんなことを言うのは」
「お父さんはお父さんで、愛人と好きにやってるみたいだし。あぁあ、唯一マトモなのはお兄ちゃんだけかぁ。最近連絡がないけど、元気かなぁ。それと・・・」
「ご、ごめんなさい。私達、用事があるから。じゃあね!」
オバサマ達は、この場から逃げるように居なくなった。
・・・すまんな、オバサマ達。困らせてしまって。
「――ふん。そんな目で見てくるな、オバサマ共が」
オバサマ達は、『あるじ』を心配してくれている。だが、それが『あるじ』には気に入らない。だからこうして、気まずい雰囲気にさせたんだ。今の『あるじ』には誰も近寄れんよ。せめてボーイさえいてくれたら・・・ああ、まだ部活中か。
・・・となると。やっぱり、私が頑張らないとダメか。
――ガルルルル。
「えっ?久しぶりに、トレーニングしたいの?」
おう。まだまだ若いワンコには負けんよ。
「ふぅん。だけど、ダメ。お前もそろそろ、年だからね」
ふぅん。『あるじ』は、私に負けるのが怖い、と。
「――は?」
人間とワンコが追いかけっこをしたら、ワンコが勝つに決まっているよな。それに『あるじ』は部活を辞めたから、体力も落ちてるだろうし・・・って。
どうした?そんな暗い顔をして。
「・・・お前まで、私に気をつかうのは。やめてよ」
・・・バレたか。
「当たりまえでしょ?お前のことは、何でも分かるんだから」
それはこっちのセリフだな。『あるじ』のことは、何でも分かるんだぞ?
「・・・そう。だったら、付き合ってくれる?」
言われるまでも無い。どこまでも付いて行くよ。
・・・となると。やっぱり、少しは運動したほうがいいかな?もう少しだけ、長生きしたいんだよ。せめて『あるじ』に、彼氏ができるまでは、な。
「やめろ。それ、気にしてるんだよ?私だっていいかげんに彼氏が欲しいけど、やっぱりお兄ちゃん以上の男はそうそう見つからないというか――」
近所の、小さな公園にて。ふ、ふひぃ、疲れた。
「・・・おい、アサミ。何やってんだよ」
お、おう、ボーイか。・・・ああ、もうこんな時間か。
「何、って。見れば分かるでしょ?遊んでるのよ」
「かわいそうだろ、こんなに運動させるなんて。コイツの年も考えろよ」
「・・・私の躾けに。文句でも、あるの?」
「痛い痛い痛い痛い、ギブギブギブギブ!」
あぁあ、まただ。このやり取りも、これで何度目になるのやら。だけどやっぱり『あるじ』には、ボーイがそばにいてくれたほうが――。
アサミは何部にすればよかったの・・・?