12. 今(いま) ①
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
ここは、動物病院。そして、今は・・・。
「――ペット火葬の説明は、以上になります」
テーブルを、5人の大人が囲んで。
「費用を安くしたいのであれば、他のご家庭のペットと一緒に葬儀を行う場合もありますが、この場合だと遺骨が・・・」
若い女性が、淡々と。話をしている。
「き、君。だからもう少し、言葉を選びなさい」
女性のそばにいる人――病院の先生は、気が気でないようだ。
「そ、そうです!ウチの子をなんだと思ってるんですか!」
先生達とは反対側に座っている大人共も、不機嫌そうだ。
「何なんですか、あなたは。アサミちゃんとは知り合いのようですけど、もう少しウチの娘のことを考えてもらえませんか?アサミちゃんがどんな気持ちで」
「――知った口をきくな、クソ親父が」
・・・『あるじ』。仮にもその人は父親だ。そんなことは言うな。
「親父達は、お金だけ出してくれたらいい。・・・すべてに、立ち会う。息を引き取って、灰になって、土の中に埋めるまで、ずっと。私がやる。私が最期まで、この子の面倒を見る。親父達には、ジャマはさせないからね」
部屋の片隅に、1人で立っている『あるじ』。ずっと、泣いている。
「それに、お袋。ウチの子、ってなに?」
『あるじ』は、大人達ではなく、私をじっと見ている。
「私がこの子の面倒を見るようになったのは、3才かそれぐらいの時だったけど。それまで、お袋は、この子に、何をやってた?私が面倒を見るようになってからは、一度でも、この子の世話をやったこと、あったかな?」
「そ、それは。この子が、懐かない、から」
「違ぇよ。マトモに世話をしないのが悪いんだよ。まあ、一番悪いのはお兄ちゃん・・・という話はどうでもいいか。とにかくこの子は、私とお兄ちゃんのワンコだ。異論は認めないからね、クソ親共が」
あのさぁ、『あるじ』。気持ちは分かるが、ここは病院だから、そう言うのはやめろって。先生がどうしていいかと困っているだろ?
「いいのよ。これぐらいは言ってやらなきゃ、気が済まない」
ううむ。だけど、せめて時と場所を考えたほうが・・・。
「ふん。お前だって、動けるのなら暴れてるはずでしょ?」
「・・・えっと。お嬢さんは、誰と、話をしているんだ?」
ほら、先生が混乱してらっしゃるじゃないか。
「す、すみません。アサミはこの子と話ができるそうなんです」
「は?」
おい母親。先生がますます混乱しちまっただろうが。
「説明を続けても、よろしいでしょうか?」
口を開いたのは、若い女性――研修医さんだ。
「い、いや。だからウチの娘の気持ちを、少しは考えてもらえませんか?」
やはり親共は不機嫌そうだ。だが、それ以上に、
「――いいかげんにしろ、親父達も、お袋も」
・・・『あるじ』。
「この人が、お姉ちゃんが。どんな気持ちだと思ってんの?」
2人の父親――実の父親と、母親の再婚相手である仮の父親。それと、母親。面倒だから、3人まとめて馬鹿親共とでも呼んでおくけど。
「お姉ちゃんは、私と同じだ。だから、同じことをした」
親共は、知らないだろうな。この人のことは。なにせ『あるじ』や私だけでなく、もう1人の子供――イサムも、放ったらかしにしてたのだから。
「――お姉ちゃんも、とても辛かったんでしょ?」
「・・・ウチの子の場合は、尊厳死じゃなかったけどね。それともう1つ、違うとしたら。今のアサミちゃんは高2だけど、私があの子を亡くしたのは高1の時。ちょうど、アサミちゃん達と出会った頃だったね」
「うん。だけど、まさか今さらになって。お兄ちゃんの元カノに会うことになるとは思わなかったよ。・・・6年、前かな?」
ふん、馬鹿親共がザワついてやがる。そんなことも知らなかったのか?
「イサムは元気?」
「さあ?ここ最近は連絡がないの」
「そうなんだ。・・・イサムがいなくなって、寂しい?」
「ふん、だ。私からお兄ちゃんを奪ったくせに、よく言うよ」
「ええぇ、だけどアサミちゃんも納得してたでしょ?」
「・・・ふん」
――あぁあ。懐かしいなぁ、こういうの。
「あ、あの、アサミ?ちょっとお母さん達、話についていけてない、ていうかイサムって彼女がいたの!?あ、あの、もう少し詳しい話を」
「それよりアサミちゃん、その格好はどうかと思うよ?」
研修医さんは、馬鹿親共を無視してらっしゃる。
「いいじゃん、髪を染めるぐらいは。・・・ああ、そう?」
うん、そうなんだ。せっかくだから、さ?
「お、おい、2人とも、今はそんな話をしている場合じゃないだろ?この子を死なせるかどうかという、真面目な話を――うぐっ」
『あるじ』が再婚相手を睨みつける。男は、何も言えなくなった。
「先生。悪いんだけど、馬鹿親共を別室に連れてってくれる?ここは私とお姉ちゃんと、この子だけにしてほしい。こうしたほうが、この子が落ちつくの」
・・・うん。こんなに気分がいいのは、久しぶりだ。
他の大人達は出ていった。
「――改めて。アサミちゃん、久しぶり」
今は2人で、テーブルに座っているようだ。
「最後に会ったのは4年前、だったね。何から話そっか?」
「待って。その前に・・・お姉ちゃん。お願いが、あるの」
『あるじ』はこの人のことを、姉、と呼んでいるが。べつに血の繋がった家族というわけではない。ただ単に、そう呼んでいるだけだ。
「お姉ちゃん。もう、いいよ。ガマンしなくても」
・・・泣く声が、する。2人分の。
「――ゴメン。患者さんの前だから、ガマンしよう、って。それで」
「いいじゃん。まだ研修医なんだから」
それでも、2人は。金属の箱に入った、私を見てくる。
「・・・ありがとう、って。言ってる」
「ふ、ふふ。やっぱり私には、犬の言葉なんて分かんないよ。この子に恨まれることはあっても、感謝される、だなんて」
あなたを恨むだなんて、とんでもない。もっとも『あるじ』は、
「やめろ。その話はやめて、って言ったでしょ?」
『あるじ』。泣くのか、怒るのか、笑うのか。どっちかにしてくれ。
『あるじ』も相当な犬好きだが、この人もまた、同じだ。
それで、大事なワンコを亡くしたから・・・こういう仕事を、選んだのだろう?少しは『あるじ』も見習ってほしいな。真面目に学校に通って、それと、
「うるせぇ。ちょっと元気になったからって、調子に乗りすぎ」
私は吠えてはいないんだが?声、出せないし。
「だからお前のことは何でも分かる、って言ってるでしょ?」
「あはは。2人とも、相変わらずだね。羨ましいなぁ」
あなたも、泣くのか、笑うのか。どっちかにしてくれ。
・・・ハァ。『あるじ』がどれだけ、あなたを羨んだと思ってるのか。
効率のいいルビの付け方ってある・・・?