11. 11才のはなし
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、6年ほど前の話。そしてここは、市内中心部。
冬の、土曜日の昼過ぎ。この町に来るのも何度目だろうか。
「大丈夫?寒くはない?」
うん、それは大丈夫だ。
厚着をした女の子の、肩に下げたキャリーバッグから顔を出して・・・ええと、ここは?そして『あるじ』、どうして電柱に身を隠しているんだ?
「ごめん、静かにしてて」
クゥン?いったい何をしているんだろ?
「――ふむ。お兄ちゃんは、男同士でお昼ご飯、と」
ん?イサムがいるのか?・・・ああ、少し離れたところにいるな。あれは高校のジャージかな?それと何人か、同じジャージを着た男がいる。なんだ、だったらコソコソ隠れてないで会いに行けばいいのに。おーいイサ、グムッ!?
「静かに。気付かれたら、ダメ」
く、口をふさぐのはやめてくれ・・・。
「・・・。」
そして何も言わずに歩き出す『あるじ』。コッソリと、気付かれないように。もしかしなくても、これって怪しいヤツなのでは?
「何言ってるの?妹なんだから、これぐらいはしていいでしょ?」
・・・まあ、『あるじ』が何かやらかすのは今に始まったことではないから、何も言うつもりはないけれど。無茶なことだけは、するなよ?
『あるじ』のお兄ちゃんこと、イサムをこっそり追いかけて。
イサムは他の男達と別れて、1人になった。もしかして友達と一緒にいたから話しかけるのをやめたのか?だったら今なら声をかけてもいいのでは?
「うーん。それでもいいけど・・・それより、先に」
そう言うと、『あるじ』はイサムから離れて、別のところへと歩いて・・・ああなんだ、イサムが暮らすアパートか。寒いからここで待っておくつもりか?
「違う違う。調べたいことがあるの」
玄関のドアを開けて、おじゃまします。・・・ん?この、におい、は。
「すぐ戻るから、ちょっと待っててね」
私が入ったままのキャリーバッグを玄関に置いて、『あるじ』は奥の部屋へと向かう。私は顔を出して、クンクンとにおいを嗅いで・・・うん、間違いない。
「おまたせ。・・・散らかっているから、出直したほうがいいね」
『あるじ』の様子は、何か嫌なことでもあったのかな?という感じ。何があったのかは、深くは聞かないでおこう。
そのかわり、私からは言っておく。以前から命令されていたからな。この家で、こういうにおいに気付いたら、すぐに知らせるように、って。
・・・『あるじ』。イサムや父親とは違う誰かが、何度もここを出入りしたような。そんな、においがする。しかもこれは、女性のにおいだ。男ではない。
「うん、知ってる。よく分かったね」
これぐらいは余裕で嗅ぎ分けられるよ。・・・それで、どうする?
アパートを出て。適当な公園で時間をつぶす。
『あるじ』は公園のベンチに座って、スマホ片手に何かをやってらっしゃる。もう片手はリードを持って、その先っぽは私の首輪に付けられている。
私はキャリーバッグから出て・・・まあ、のんびりしている。ちょっぴり冷えるけど、普段から外飼いだからこれくらいは平気だ。服なんぞいらん。
近所のワンコ共はどいつもこいつも服を着ている・・・というよりは、飼い主に服を着せられているが。私は断固として拒否している。あれマジで嫌い。
「――そろそろ、かな。行こっか?」
はいはい。キャリーバッグに入って、『あるじ』の肩に担がれる。
そして再びイサムの家に行って、インターホンを鳴らす『あるじ』。
「おう、カギは開いているから遠慮せずに入ってくれ」
ん?今日のイサムは、なんだか気分がよさそうだな。
「はーい。おジャマするね、お兄ちゃん」
言われたとおり、遠慮なく家に入る『あるじ』。イサムは部屋の中を掃除していたようだ。ようイサム・・・って、どうした?そんなに驚いちゃって。
「――そっちかよ!?」
そっち?どういうこと?
2人仲良くリビングのコタツに入って。私にはいつものように、新聞紙が多めに敷かれてある。ふあぁあぁ、室内は暖かいなぁ・・・ぐう。
「えっと・・・何の用だ?」
「何の用、って言われても。ウチに来たらダメなの?」
イサムは見るからに不機嫌だ。
「あのなぁ。お前ん家はここじゃないだろ?」
「えー、ここも私のお家だもん。だからいいでしょ?」
まあ、いつものやりとりだな。あとは特に言うことは――。
・・・来る、か。誰かが、この家にやってくる。分かるんだ。玄関のドア越しでも、近づいて来る音と、においで分かる。ほら来た、インターホンが鳴った。
私はたまらず立ち上がって、玄関に真っすぐ向かう。間違いない、このにおいは玄関だけでなくリビングにもついている、見知らぬ女のにおいだ。
・・・『あるじ』の両親は、別居をしている。離婚はまだしていないが、そうなるのも時間の問題だと『あるじ』は言っていた。その理由の1つは、父親には母親以外の、そういう女がいるからだ。
・・・このにおいの女が、そうなんだろ!?こんなの吠えるに決まっている!おいテメェ、どのツラ下げてこの家に出入りしてやがんだアアッ!?
「イサム、おジャマするね・・・って。これ、は」
なんだ、ずいぶん若いな。イサムと同年代ぐらいか?服装はロングコートにジャージと、まるでスポーツでもやってきたかのような見た目だ。これだとまるで、イサムのような部活終わりの学生みたい・・・。
って。あれ?と、いうこと、は?
「――抱いても、いい?」
・・・とりあえず、吠えるのはやめておこう。近所迷惑になるし。
またリビングに戻って。
「ふふん、お姉ちゃんも犬好きなんだね」
「まあ、それなりには?ちなみにこの子・・・何才?」
「11才。ついでに言うと生年月日が私と同じ。だからウチで飼うようにした、ってお母さんが言ってた」
『あるじ』と客人は楽しそうにおしゃべりをしているが、今の私はそれどころではない。あうううう、こ、この女、デキる・・・!
「あ、そうだ。アサミちゃん、ウチの子も見てみる?写真だけど」
「ほぉう、ゴールデンレトリバーとはイイ趣味をしてらっしゃる」
「ふっふっふ、可愛いでしょ?それでね――」
今の私は、客人の膝の上に乗せられて、頭や背中を優しく撫でひゃああうう、ななななにその手の動き、そんなの知らないぃ、気持ち良すぎるぅ・・・。
「ところで、今さらだけど。お姉ちゃんは、何しにきたの?」
「えっ。え、ええと、その・・・あ、あはは」
――断言できる。この女、犬のプロだ。
これまで犬を飼っている人間は何人も見てきた。というより、私の家の近所は、それなりに犬を飼っているお宅が多い。私と同じく、ちっちゃいワンコがほとんどだが・・・。
そして近所のオバサマ達も、それなりにワンコを大事に可愛がってはいるが。そんなのとはワケが違う。この人の顔を見ていると安心できる。犬との接し方、というのを分かってらっしゃる。この人になら、触られてもいいと。素直に、そう思える。初めて会った人なのに、ここまで安心でき・・・ぐぅ。
「――そろそろ私はおジャマするね。あとは兄妹同士で、ね?」
新聞紙の上に、優しく寝かされる。
「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!?いや帰るのはお前じゃなくて、っておおい!?そんな足早に帰ることは無いだろ!?」
なんだ、いたのかイサム。まあ私は眠いからどうでもいいけど。
「ハァ、どうしよ。ジャマする気はなかったのに」
『あるじ』が何か言っている。だけど私には・・・。
えっと?あの女は、ここに何度も出入りしている。それは間違いない。しかもイサムとはそれなりに仲がいいようだが――。
ああ、なるほど。これはつまり、彼女とかいう・・・ぐぅ。
彼女の名前くらいは出した方がいい・・・?