9. 9~10才のはなし ①
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
これは今から、7~8年ほど前の話。そしてここは、近所の公園。
休日の昼過ぎ。公園の隅っこで。
「――という作戦なんだけど。どう?」
どう、と言われても。私は『あるじ』に従うだけだよ。
「・・・命令する。言いたいことがあるならハッキリ言って」
べつに、何も?『あるじ』がやりたいように、すればいい。
「そう。だったら、もういいや。この話は終わり」
うん。だったら、そろそろ・・・。
「おいアサミ、いつまでおすわりさせてんだよ。かわいそうだろ」
「うるせぇ黙れ。私達は忙しいの。あっち行っててよ」
『あるじ』。そろそろ、ボーイと遊んでもいい?おすわりは別に辛くも何ともないけど、たまには息抜きがしたいかな、って。
「なによ。私がいつも遊んであげてるでしょ?」
・・・クゥン。
「おいアサミ。ここ最近のおまえは、なんかヘンだぞ。遊びと言うよりは、トレーニングみたいなことばかりやってるだろ?」
「ふん。おまえなんかに、何が分かるの?」
『あるじ』と、ボーイが、睨み合っている。ちなみに2人とも、今では小学4年生だ。ハッキリ言えば、どっちもお子様だな。
「オレはおまえと違って、犬と話すことなんてできないけど。どこをどう見ても、コイツが疲れているようにしか見えないぞ?」
「――私の躾けに。文句でも、あるの?」
・・・今のうちに、目を背けておこう。
「痛い痛い痛い痛い、ギブギブギブギブ!」
「どうしたの?もう、終わり?」
目の前で、何が起きているかって?言いたくもないな。まあ簡単に言えば、ボーイがのたうち回っている。
「私は、あの日から、ずっと。トレーニング、してるのよ?」
うん。昔は私の飲み水を変えるのにも苦労していたのに。今ではリードを片手に持ったまま、もう片手でボーイを一ひねり、だ。
「あ、あのなぁアサミ。おまえのようなやつを、脳筋、って言うんだギャアアアアア!?折れるッ!折れるからマジやめてくれえええっ!」
「私、クラスでは成績トップクラスなんだけど?」
うん。通信簿、って言うのか?私にはよく分からないけど、『あるじ』がいつも自慢をしているからなぁ。年に3回ほど、春と夏と冬ごろに。秋には無いの?
「う、ぐぐ、そんなんだと、イサム兄ちゃんに嫌われちまうぞ?」
おいボーイ、やめろ。まだ若いのに、死に急ぐことはないだろうよ。
「その服、イサム兄ちゃんが着てたものだろ?おまえどんだけイサム兄ちゃんのことが好きなんダアアアアアアアアアア!?」
「捨てるのはもったいないから、着てるだけなんだけど?」
ハァ・・・『あるじ』はどうして、こうなってしまったのか。
さて、そろそろ止めるか。ええと、今回はどうやって・・・。
よし、アレにしよう。キャンキャンキャン。
「ん?どうしたの?・・・えっ、写真を撮りたい?」
うん。今日はそういう気分なんだ。
「・・・そうだね。そろそろ、新しいのを送ろうかな?ほいっと」
「グエッ!?」
ボーイをその辺に投げ捨てて。『あるじ』はポケットから、スマホと呼ばれる四角いものを取り出した。これは少し前に、父親が買ってくれたものだ。
「ねぇねぇ、写真を撮ってくれる?」
「お、おまえ・・・さっきまで、オレに、なにをしたと、思って」
「――撮ってくれる、よね?」
「ハイわかりました、だからもうそんな顔はやめてくださいハイ」
ボーイは『あるじ』からスマホを受け取って。私は『あるじ』に抱かれて、一緒にスマホに目を向けて・・・昔は、これに父親と母親と、そしてアイツも一緒になって、写真を撮ってたのになぁ。
年に1回、春の始まりの日に。家族みんなで、一緒に。
「――もう一度、撮れるようにしてやる」
「ん?おいアサミ、笑えよ。写真なんだから」
・・・いつもすまんな、ボーイ。『あるじ』の相手をしてもらって。
ボーイと別れて。さあ、帰ろう。
いつもの散歩道を歩いて。『あるじ』と一緒に、家に・・・って。
「――あっ」
「――あっ」
『あるじ』と、玄関先にいた男が、驚いている。
「・・・お兄ちゃん、お帰り」
「お、おう。といっても、俺はもう帰るけど」
この男はイサム。『あるじ』の兄ちゃんだ。
「なんで?せっかくだから、ゆっくりしていってよ」
「い、いや、俺は、その」
イサムは、こっちを見ようともしない。
「どうしたの?・・・お兄ちゃん、こっち見てよ」
「悪い。そろそろ電車の時間だから、俺は」
そうだよ。こっちを見てよ。
「電車なんて、あとでいいでしょ?そんなことより・・・って、こらっ!」
「ギャアアアアアアアア!?だから早く帰りたかったん痛あああああい!」
久しぶりだね。一緒に、遊ぼ?
「やめなさい!お兄ちゃんから離れなさい!」
ねぇねぇ元気?最後に会ったのは1年くらい前かな?久しぶりだなぁ、嬉し・・・べべべ別に、イサムと会えるのが嬉しいわけじゃないからね?
「痛い痛い腕に噛みつくのはやめろ俺はゴールキーパーなんだから腕を噛まれるのだけは痛てててててて、やめろ離れろやめてくれ痛いって」
寂しかったんだよ?イサムが出て行ってから、あんなダメダメ飼い主でも会えなくなると悲しくなるというか何というかで。うふふ、またこうして遊べるだなんて。楽しいなぁ。イサムも楽しいよね?
「こらあああっ!お兄ちゃんから離れろ、って言ってるでしょ!?」
ごめん、アサミ。今はそれどころじゃないの。
ねぇねぇイサム、せっかくだから一緒にどこか行かない?何して遊ぶ?今なら何でも言うこと聞いてあげるよ?ねぇ、聞いてる?私の言ってること、わかる?
「なんでお前はアサミの言うことは聞くのに、俺にはいつもこうなんだよ!?ギャンギャン吠えるのはやめろ!俺が何をしたってギャアアアッ!?」
はあっ、はあっ、イサム、イサムぅ・・・。ダメだ噛みつくのが止まらない。やっぱりイサムはいいなぁ。だってイサムは私の『あるじ』だからね。ねぇねぇ、頭を撫でて?背中でもいいよ?撫でてくれないと噛んじゃうぞ?ねぇねぇイサムったら、ぎゃあぎゃあ言ってないで、もっと私のことを、
「――おい。そろそろ、お兄ちゃんから、離れろ」
・・・ハッ!?い、いかん。『あるじ』が怒っている。これ以上は噛みつくのはやめよう。べべべ別にイサムのことなんて好きじゃないんだからね!?
イサムは逃げるように、ウチを出て行った。ごめんヤりすぎた。
「・・・さて。どうしてヤろうかなぁ」
首輪に鎖を付けられた私は、『あるじ』に背を向けている。反省しています、だからそんな目で見ないでください怖い。
「お兄ちゃんが、そんなに、嫌いなの?」
・・・昔は、嫌いだった。理由は言うまでもないだろ?
「まあ、ね。そこは理解できる。・・・今、は?」
正直に言うと、イサムに甘えたい。だけど今さら、そんなことをするのは、な。だからつい、ああやって噛みついてしまうんだ。本当はあんなことはしたくはないけど、どうしていいか分からなくて。
「・・・そう」
『あるじ』も、だろ?本当は、イサムに。お兄ちゃんに、
「それ以上は、言うな。これは、命令」
・・・素直じゃないなぁ。
「どの口が言ってんの?」
だったら、こう言い直そうか?ペットは、飼い主に似る。
「・・・私と一緒は、嫌?」
ううん。一緒じゃないと、嫌だ。
だけど、『あるじ』。これだけは言わせてほしい。
私は犬だから、人間の言葉は話せない。
だけど『あるじ』は人間なんだから。話を、すればいい。
素直に。正直に。『あるじ』の、本当のことを。
「言えるわけないでしょ。私は、これでいいのよ」
嘘、だな。目を見れば、分かる。
「・・・だったら。もう、何も、言わないで」
クゥン。やっぱり『あるじ』は、素直じゃないなぁ。
犬の名前って出した方がいい・・・?