0. ずっと、一緒(いっしょ)
【『冬の童話祭2024』用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【メスのワンコ視点での物語です】
日本のどこかの、とある町にて。
今は、春。そしてここは、大きな公園。
お昼。あたたかい。
芝生のうえで、ゴロゴロと。寝っころがる。
「あーチクショー!やっぱり勝てねー!」
「オイオイ無理すんな。そのまま寝てろ」
すこし離れたところで、少年も寝っころがっている。いつものことだが、サッカーというものは、そんなにおもしろいものなのか?
あんなに疲れるまで、フラフラになるまで、ボールを追いかけて。少年のすぐそばには、すこし年上の・・・お兄さんとお姉さん、とでも呼んでおくか。
少年とお兄さんは、ジャージだとかいうスポーツ用の服。お姉さんは、ワンピースとよばれるもの。色はよくわからない。私にはどれもこれも同じ色に見える。
だって。私は、犬だから。よく、わからない。
だけど、あの3人が楽しそうにしているのは、わかる。
それだけで、私も楽しくなれる。
だから私は今、とても眠たいんだ。
おなかを上にして。ゴロゴロと、寝っころがる。
聞くところによると。犬というのは、人間よりも寝ている時間が長いそうだ。そういえば私、ここ最近はいつも寝てばかりかもしれない・・・。
「なんだ、お前は相変わらずだな」
そんな、私のそばに。お兄さんが来た。
「――チッ、こっち来ないでよ」
お兄さんは、私を見ていない。私の首輪からのびたヒモ・・・リードを手に持ってベンチに座っている、女の子を見ている。
「なあ。たまには一緒にやってみないか?」
女の子は、お兄さんの顔を見ようともしない。
「うるさい。私はこの子さえいれば、それでいいの」
「いや、そんなに嫌がることはねぇだろ・・・?」
「ふん、だ。さっさとサッカーの続きをすれば?」
まあ、これも。いつものこと。
――ふあぁあぁ、眠い。
お兄さん達は、ふたたびサッカーを始めた。
そして。この公園は、とても大きいから。
あちこちから、声がする。私は犬だから、よく聞こえてしまう。
本来の私だったら。こんなところでは、こうして寝てはいられない。うるさくて、気になって、どうしようもない。おちつかない。
だけど、寝ていられる。
「・・・ふふっ」
そこにいるから。私の『あるじ』が。
ベンチに座って。楽しそうに、私を見下ろしている。
リードを手に持った、私の『あるじ』。犬の飼い主。私と同い年。『あるじ』が言うには、私達は12才らしい。
「そうだね。もう、そんな年になっちゃったね」
『あるじ』も、もう中学生か。大きくなったなぁ。
「ふふん。だけど、お前はちっちゃいままだね」
まあ、だって。私、犬だし。ちなみに『あるじ』が言うには、私はミニチュアダックスフンド・スムースヘアードというものらしい。意味はよくわからない。
「ダックスフンドのなかでも小さめで、毛が短い、ってこと。ついでにいうと茶色の毛。もう何度も言ってあげてるのに、ボケちゃったの?」
まあ、だって。私、12才の老犬だし。いつまでたってもお子様の、お嬢ちゃんのままの『あるじ』とは違うので。
「は?私が、お嬢ちゃん、だって?」
ふふん。こんなことで怒るだなんて、お子様だなぁ。
私は、眠たいので。グルルルと、小さな声を出すだけ。
「ん?・・・ああ、それはボチボチ考えようかなぁ、って」
そして『あるじ』も、声を出す。
私は犬だから。人間の言葉なんて、話せない。犬らしく、ワンワン吠えるだけ。
だから、人間には。私の言っていることなんて、わかるわけがない・・・はず、なのに。『あるじ』だけは、
「・・・そうだね。いい天気だね」
私の言っていることが、わかる。
ずっと昔から、そうだった。『あるじ』は、犬の言っていることが・・・私の言っていることが、わかる。こうして私と、おしゃべりをすることができる。
そればかりか。私が、声を出さずとも。目をむけて、『あるじ』を見るだけで。『あるじ』には、私の思っていることが、わかる。
そして私も。『あるじ』が、声を出さずとも。私を見てくれたら、『あるじ』が言いたいこと、思っていること。そのすべてが、わかる。
私達に、言葉はいらない。心で、わかりあえる。ずっと昔から。
ときどき、人間と犬がおしゃべりをするだなんでありえない、と。『あるじ』を、うそつき呼ばわりする人もいるけれど。
私と『あるじ』が、どれだけ仲がいいのかを見せてやれば。それだけで、『あるじ』をうそつきと呼ぶものは、いなくなる。そのかわり、まるでサーカスだ、と言われてしまうけど。私も『あるじ』も、サーカスという名前ではないのに・・・。
ずっと、一緒。
私達は、一心同体。
これが、『あるじ』がよく言っていたこと。
「・・・なに?また、その話?」
・・・ダメ?
「・・・。」
『あるじ』。言わなくても、私にはわかっている。
だから、こっちを見てほしい。
いつまでも、お嬢ちゃんだと思っていたのに。
『あるじ』ももう、高校生か。17才ともなると、もう大人だ。
「・・・。」
夢を、見ていた。
アイツと、アイツと、あの人が、サッカーボールを追いかけて。そしてそれを、ベンチで眺めている『あるじ』。
『あるじ』は、本当は言いたいことがあったのに。ただ、見てるだけ。思っていることを、言わないから。言おうとしないから。
「言えるわけないでしょ。何度も言わせないで、私はあれでよかったの。ていうか、なんで、その話、ばっかり」
だって。それが、私のすべて。
だから、この夢のまま。眠りたい。寝させてほしい。
・・・今は、秋か。
もう私は、ろくに目が見えないけれど。
『あるじ』は、泣いている。ワンワンと、泣いている。
『あるじ』のまわりには、大人が・・・おそらく、5人か。そのうちの2人は病院の人。あとの3人はどうでもいい。
・・・この3人を、許しはしない。こいつらは、『あるじ』を傷つけた。もし私の体が動くのなら、噛みついてやりたい。
だけど、もう私は。年を、取りすぎたから。
こうして、病院でお世話になっている。
そして。もう何日も、ずっと寝てばかり。こうして、昔の夢を見て・・・うぐ、ぐ。体のあちこちが痛いから、眠れない。これが病気というものか。『あるじ』のおかげで、この年になるまで元気でいられたけれど。
わかるんだ。もう、私は。長くは、生きられない。
――だから、『あるじ』。
私を、夢の中へ。連れていってほしい。
まだ私の思い出があるうちに。頭の中がボケて、なにもかもを忘れてしまう前に。楽しい夢のまま、私を休ませてほしい。
「・・・本当に、いいの?」
うん。それでいいんだ。だって、私は。
後悔など、何もないのだから。
――もし、私の話を。
かわいそう、だとか。そんなのありえない、だとか。
そう、思うのであれば。目を閉じなさい。
「・・・この病院って。尊厳死、してくれるの?」
『あるじ』のこの言葉を聞きたくないのなら、耳を閉じなさい。
これは、そういう話。
ひとつの、命を。最期まで、見ていられる人間だけが。
私の夢の話を、聞きなさい。
・・・今でも夢に見る。『あるじ』との、日々を。
形程度とはいえ、子供向け作品だからこそこういうテーマにしたい、と言ったら怒る・・・?