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僕らは『読み』を間違える 未公開SS

『いちご同盟』三田誠宏著を読んで              竹久優真 


 死を目の前に控えた一人の少女と、その周りにいる一五歳の男女が命の意味と向き合う。

 そんな物語を読みながら、自身の生きる意味とは何かを改めて自問する一六歳になって間もない僕に、


「生きるってことは、食べるってことだよ」


 と、ある意味とても哲学的なことを言っているかもしれない十五歳の少女宗像瀬奈。


「じゃーん! 今日はね、リリスで苺のショートケーキを買ってきたんだ。みんなで食べようよ」


 古びた木造建築、色のない放課後の静かな部室に真っ白なクリームと真っ赤な苺が華を添える。窓からそよぐ秋風がかすかな甘い香りを乗せてゆっくりと漂う。

 僕と栞さんとは瀬奈のご相伴に授かりそれぞれの目の前に置かれた苺のショートケーキ。白い二等辺三角形系の重心に大粒の苺がひとつ。僕はまずその先端にフォークを差して、小さな三角を口へと運ぶ。


「ここのショートケーキってさ、ホンっとにふわふわだよね!」


 という瀬奈の言葉に、そんな話は余計だと分かりつつも僕はまたつまらない蘊蓄を語ってしまう。


「ショートケーキの〝ショート〟ってさ、元々はショートニングによる〝サクサクした〟という意味なのに、日本のショートケーキはふわふわしているのって、変な話だよな――」


 くだらない知ったかぶりを披露しようとするところ、すかさず瀬奈に出ばなをくじかれる。


「そうなのよね。元々アメリカのショートケーキはビスケットの上にクリームと苺を乗せたカナッペのようなケーキだったのだけど、ビスケットという言葉は、〝二度焼きしたパン〟のことで、クラッカーのように薄くて硬いものじゃなくて、もっと分厚くて柔らかいものもあったのよね。それを耳で聞いた話だけをもとに作ったのが日本のショートケーキの発端で、そこからガラパゴス的に進化してしまい、今のふわふわなショートケーキに落ち着いたのよね」


 ――と、僕が全く蘊蓄を語ることなく瀬奈に全部話されてしまう。瀬奈は、食べ物のことだけに関してはやたらと知識が豊富で、その分野において僕のくだらない知ったかぶりなど出る幕がない。黙って話を聞きながら、僕は二等辺三角形それぞれの頂点からなる小さな三角を切り取っては口に運び、皿の上には六角形と苺を残すのみとなっていた。

その時、


「エイッ」


という言葉と共に伸びてきた瀬奈のフォークに僕の苺は無残にも攫われていまい、色のない六角形だけが無残に取り残される。


「ああ! なんてことを!」


「ええ! いらないんじゃないの?」


「そんなわけないだろ、いちごは最後に食べるものに決まってるじゃないか」


「そんなこと言ってるからなくなっちゃうんだよ」


 まるで反省の色のない瀬奈、そこに栞さんが助け舟を出してくれる。


「いいかい瀬奈ちー、ショートケーキのイチゴっていうのは、いわばおっぱいで言うところの乳首なわけだよ。せなちーはいきなりそこから食べる男を良しとするのかい?」


 ――だめだ。てんで助けになっていない。にかかわらず、


「たけぴーのイチゴを食べてしまった瀬奈ちーは、替わりに自分のイチゴに相当するものを食べさせてあげるべきなんじゃないかな」


「え、な、なんでそんなことに!」


「そうかい、じゃあかわいそうだからあーしが代わりに――」


 ネクタイをするっと外し、シャツのボタンに手をかける栞さんに、それに慌てる瀬奈。

まったく見ていて飽きない僕たちの同盟関係に、ただそれだけで生きている価値があると言える僕は、きっと幸せなんだと思っている。



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