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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
ウンディーネ公爵邸編
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第99話 ウンディーネの呪い(6)

メイリーンを中心に瘴気が吹き荒れる。嵐の様に風がおこり、カエンが作っていた氷の障壁が儚い音を立ててガラスの様に割れる。その勢いにカエンは飛ばされる。ジェシカは後ろにいたノワールに支えられた。ノワールが大きく結界を張る。ジェシカは気絶している。もう限界だ。


飛ばされたカエンはうつ伏せになったまま、メイリーンを見る。


メイリーンの姿は見えない。だがまるで魔物のように全身から瘴気を発している。テシオの姿は見えない。だが、メイリーンに重なる誰かが見える。


シェリルはアーマンディの命令により動くことができない。まるで体が石のようだ。自分の体なのに1ミリたりとも動かすことができない。その指先すらも。なんとか視線を動かすと、メイリーンに立ち塞がるように立つアーマンディが見える。


アーマンディは恐怖を感じながら、立ち塞がっている。このままではアーマンディを失うことになる。


必死に動けと体に命令をする。例え主に命じられ動けなくなっていても、主の危機には身体が動くはずだ。そうでなければ、契約の意味がない!


グッと力を込める。どこか一箇所でも動けばいい。動きさえすれば、体全体を動かすことができるはずだ!


そう思い、シェリルは右手の人差し指に力を込める。剣の柄の感触がする。握っているのが分かる。感覚が分かる。ピクッと指が動いたと同時に足に力を入れる。一気に動き出した体を、本能のまま動かすと、アーマンディとメイリーンの間に入れた。


「シェリル!」


「アーマンディ様、二度とこういったことはやめて頂きたい!」


「待って、シェリル。だってまだ分からない。メイリーンはまだ正気だもの。助けられるかもしれない」


「正気?」


メイリーンは全身から瘴気を発している。その瘴気の勢いは激しく、カイゼルが庭園を覆う様に張った結界を壊す勢いだ。だが、その奥には微かに少女の姿が見える。そしてその腕の中にいるテシオの姿も。


「…………コロ……シテ」


唇から微かに聞こえた声をシェリルは聞き逃さなかった。


「アーマンディ様、聞こえたでしょう?今なら殺せます。止めないでください」


「でも……シェリル」


「祖父も限界です。もう一度、魔法を行使することは不可能です」


「でも――まだ契約書は残ってる!シェリルが実行してくれれば!」


「アーマンディ!もう十分だ!」


アーマンディは掴まれた肩にビクッとする。掴んだのは祖父のホムラだ。


「シェリル嬢……頼みます……どうか」


祖父は泣いている。もう限界だと言わんばかりに。その涙がアーマンディの心に刺さる。


みんな、殺したくないはずだ。みんなメイリーンとテシオに生きて欲しいと思っているはずだ。


だったら――‼︎


アーマンディは手を組む。自分には力がない。今できることはない。だけど、願う。自分の妹を助けたいと。その為の力が欲しいと。


妹に生きていて良かったと思って欲しい。一緒に笑いたい。もっと話したいこともある。


だから、貸して欲しいと心から願う。


そう願ったとき、何かが体を駆け抜ける。全身を貫くような感覚、だけど痛くない。まるで生まれた時の様な切ない感覚。その感覚に全身を委ねたとき、身体が浮くような気がした……。




◇◇◇





「……ここは」


白い世界だとアーマンディは周囲を見回す。何もない世界。苦しみも痛みもない世界。身体は重力に縛られず、ふわふわと浮いている気がする。なんとも不安定だ。だけど気持ち悪さはない。まるで愛する人に抱かれているような、安心する感覚。


《……アーマンディ》


聞こえた声の方を自然と向くと、光と共に現れた存在を確認できる。


「……スピカ……様?」


《そうよ……私の愛おしい子、アーマンディ》


この方がスピカ様なのだろうか。疑う気持ちでアーマンディはじっと見る。


目の前の方は眩いほどの光に包まれている。以前はお声を聞いただけ。確かにこの心地良い、鈴の音が鳴る様なお声は、スピカ様のものだ。


だがそのお姿を見たのは初めてだ。思い描いていた姿とはまるで違うお姿。今まで祈りを捧げていた彫像とはまるで違うその姿に、アーマンディは戸惑いを感じる。


ふわりと降り立つように近付いてきた女神の、頬に添えられる手に身を委ねると、心がとろけるような感覚になる。そんな温かい手を感じながらアーマンディが目の前の女神を見ると、柔らかく愛しむように微笑んでくださる。


このままここにいれば、いることができれば、きっとなんの苦痛もないだろう。過去の辛かった思い出も、これから先に起こるかも知れない哀しい未来もなくなる。そんなことは全て些細な事柄だと思わせてくれる。


なぜならここは何もない世界だ。だけど満たされる。誰よりも深い愛情を注いでくれる女神がここにはいる。


《……アーマンディ》


名前を呼ばれると更に心に光が満ちる。何もかもどうでも良くなる。この方の胸に抱かれて、このまま眠ってしまいたい。


そう思っていると、その腕がアーマンディの背中に回される。


まるで恋人同士のような抱擁。だけど不快ではない。シェリル以外から抱擁されるなんて、考えたこともなかったのに。


眼を閉じて、心のまま抱かれる。もうきっと、辛いことは起こらない。


微かに聞こえる子守唄、そして美しい笑い声。


「誰の声ですか、ふたりの声……、ここはあなたと僕だけなのに……」


顔を上げると、額に口付けをされた。


《眠りなさい。愛おしい子》


徐々に近付いてくる唇が何かを思い出させる。


「眠る……眠って良いのでしょうか?僕はここに何をしに……」


そのまま包み込まれるように口付けを交わす。


いつもと違う口付け。姿は同じなのに……まるで違う。


―アーマンディ様!アディ‼︎―


声が聞こえたと同時に、体が拒否反応を示した。反射的に体をドンと強く押しやり、離れる。


「……シェリル?」


反射的に言葉に出すと、足元に映像が広がった。

立っている自分の姿が見える。そして誰よりも愛おしい人が自分に呼びかけている。


「戻らなきゃ!」


《……戻るの?ここにいれば、辛い思いはしなくて良いのよ?》


「戻ります。辛くても、哀しい思いをしてもそれでも、僕はシェリルの元に戻ります!」


スピカ神はふわりと微笑む。まるで今はそれで良いと言うように。


「ス…スピカ様……メイリーンを助けたいんです。妹ともっと話したいんです。この世界の良いところも悪いところもいっぱい知って欲しいんです」


《良いでしょう。今はあなたの願いを叶えましょう……》


女神の微笑みは美しく、その姿にアーマンディは再び心を委ねたくなる。だが、だめだ。地上にはこんな自分を待ってくれる人たちがいる。それに……。


「……ありがとうございます。……ち、地上に、し、シェリルのもとに……戻ります」


女神はその紅い唇に笑みを浮かべる。まるで真紅の薔薇のような赤い唇に一度は騙された。今なら分かる。自分は騙されたのだと。


《あなたは私の愛おしい子……あなたが望むことは全て叶えてあげましょう》


女神の血のように赤い瞳がアーマンディの瞳に映る。魅力的なその姿は、まるで愛おしい人と同じ姿だ。


「スピカ様……なぜ、あなたは……」


震える体を抱きしめながら、声を出す。するとガクッと足が落ちた。


慌てて足元を見ると、そこに広がるのは黒い世界だ。アーマンディを呑み込もうとする黒い渦に思わず悲鳴をあげると、身体がふわっと浮いた。


《また、会いましょう……愛おしい子……》


そしてそのまま浮く体を感じなから、独り言の様に言葉を紡ぐ。


「…………なぜ、なぜあなたはシェリルと同じ姿……なのですか?」



アーマンディの言葉は空気に溶けた。

毎日12時に投稿します。

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