第96話 ウンディーネの呪い(3)
「キャ――――――」と言う甲高い声と共に飛び上がってきたシェリルに一同は息を呑む。
床にスタッと足を付けたのは素晴らしいと思うが、その背に担がれたアーマンディは目を回している。
「シェリル!どうしてあなたは乱暴なの!」
「私はジェシカ様と違って浮けませんから、跳んで昇っただけです。アーマンディ様の悲鳴が響いて私がびっくりしてしまいました」
「どうしてそんなにデリカシーがないの!そんなところばかりノワールに似て!もう‼︎……アーマンディ様、ご無事ですか?ああ、お可哀想に……こんな姿で親子の再会なんて……」
カイゼルとアントノーマは驚いて声が出ない。色々な再会方法をシミュレーションしていたが、流石にこれは予想外だった。だが、カエンだけはこうなるだろうと予想していたので、白けた視線でシェリルを見ている。
カエンはシェリルとは幼馴染だ。ここ最近は交流がなかったが、シルヴェストル公爵家のモデストメリーや、グノーム公爵家のデルフィから話は聞いていた。竜騎士になって乱暴さと鈍感さが更に増したと言うことを。
「シェリル様……弟をおろしてください。愛する人に担がれるなんて可哀想だ」
ため息まじりにカエンが近づくと、アーマンディと目が合った。前とは違う目の表情。嫉妬ではなく驚いている表情に、カエンは笑って見せることにする。
「『きゃー』なんて実に可愛らしい悲鳴をする。それでは乱暴なシェリル様に翻弄されるばかりだぞ?アーマンディは女性の趣味が悪いな。俺は乱暴な女性は嫌いだ」
「久しぶりに会って嫌味の応酬とは、やっと本性を表したと言うところか。私もお前が嫌いだ、昔からお前は女らしくしろなどなんだと上から目線で説教ばかりしていたからな!」
ふんっと鼻を鳴らしながら、シェリルはアーマンディを下ろす。アーマンディはシェリルから離れることなく、カエンを見る。
「兄様は……シェリルを好きではないの?」
「好きに見えるか?」
アーマンディはじっとカエンを見る。以前会った時とは違う表情。余裕のある表情。それは兄弟として見ている表情だ。親しみのある姿。テシオやメイリーンと同じ……。
「見えない……です」
「そうだな。全く恋愛の対象者ではないから安心して欲しい。それと兄様と言ってくれてありがとう。俺は、ずっとアーマンディに会ったら言いたいことがあったんだ」
「言いたい……こと?」
「ああ、不甲斐ない兄ですまなかった。それと実はアーマンディの誕生日プレゼントを毎年用意していたんだ。今では子供っぽいものもあるが、受け取ってくれるか?まぁ、妹だと思っていたから少し趣味が合わないものもあるかも知れないが……」
カエンの気まずそうな表情と違い、アーマンディは一気に笑顔になる。
「ぜひ頂きたいです!兄様、ありがとう!」
「ああ、良かった。後日正式な形で届けるよ」
真正面から見ていても弟とは思えない。複雑な気持ちなカエンはそれでも笑って見せる。
「わたくしも……用意しているの。受け取ってくれる?アーマンディ」
アントノーマが瞳に涙を溜めながら、アーマンディに近づく。その姿はアーマンディとそっくりだとシェリルはふたりを見つめながら、ゆっくりと離れる。親子の再会に自分は不要だ。
「ありがとう、母様。あの、僕は刺繍を習いたいのだけど」
アントノーマは軽く目を見開いた。その瞳からポロリと涙が溢れる。
「ええ、嬉しいわ」
「アーマンディ……今まですまなかった。こんな父だが仲間に入れて欲しい」
カイゼルがアントノーマの横に立ち、頭を下げる。
「父上……その様子ですとアーマンディにプレゼントは用意していないのですね!」
「カエン、責めてはだめよ。この人はそういう事に疎いの」
「母上がそうやって甘やかすからダメなんですよ」
以前とは違う三人の会話と表情にアーマンディはクスクスと笑ってしまう。
大丈夫、この家族に為なら、僕は頑張れる。メイリーンを救ってみせる!
仲良く寄り添う家族をシェリルは少し離れた場所で、安堵しながら見ている。そこにジェシカがそそそっと寄ってくる。
「なかなか上手だったわよ。シェリル」
「ジェシカ様の仰る通りアーマンディ様の緊張は溶けたようですね。後から私がアーマンディ様に怒られる可能性がありますが……」
ジェシカはクスリと笑う。
今回、シェリルがアーマンディを乱暴に扱ったのはジェシカに言われたからだ。シェリルだってアーマンディに無体なことをしたいわけではない。ましてや今回はアーマンディの両親の再会だ。自分だって良い風に見せたいと言う欲求もある。だが、アーマンディに緊張させないためにも、乱雑に運べとジェシカに命令されたのだ。
結果、アーマンディの緊張は解けた。家族と笑い合うアーマンディは幸せそうだ。そう言う意味では良かったのかもしれない。
「アーマンディ様は今回の様な大掛かりな荒事に初めて参加されるわ。瘴気を間近で見るのも初めてでしょう。緊張でガチガチの状態では上手くいくものも、いかなくなるわ。人の精神状態は魔法に現れるもの。今回の作戦の肝は他の誰でもないアーマンディ様よ。アーマンディ様の大きい魔力は成功率を左右するわ。そう言った意味では万全じゃないと……」
キッと前を向くジェシカの姿は、逞しい。
彼女は今までもあらゆる困難を成功に導くために、詳細な計画を立てていた。そこには人の感情操作も含まれている。ましてや今回は初めて行う魔法だらけだ。
避難路と同じ聖域を作る。
瘴気を体から発する女性を救う。
歴史的に見ても行ったことはない。
唯一行ったことがあるのは魔力の移譲だけ。それも祖父は初めだ。魔力移乗の契約は難しくないが、問題はその魔力の量だとシェリルに祖父が告げた。移乗する対象者たちの魔力の量が多いほどに、契約の魔法陣は増えるという。4大公爵の中でも魔力が多いヴルカン一族ではあるが、それを極端に上回る魔力の量であった場合には、諦めて欲しいという祖父の言葉が、いつまでも耳に残っている。
「祖父の魔力を超える可能性がありますか?」
シェリルが問うと、ジェシカはその目を伏せた。
「可能性はあるわ。でもそれよりも問題なのは、メイリーンの瘴気の量よ。実際見て背筋が凍る思いがしたわ」
ジェシカは避難路にいるメイリーンのもとに何度も訪れている。そしてその邂逅のたびに、体調を崩し、寝込んでいた。体調を崩した理由は、瘴気に当てられたからではなく、メイリーンの中の瘴気を目視することで恐怖を感じたからだ。気がつかない皆が羨ましいと、ジェシカはノワールに漏らしていた。誰もが慄く魔物に対峙してきたジェシカすら恐怖を感じるということは、それほどまでの量だということだろう。
「このミネラウパの中心地に巨大な魔物を誕生させるわけにはいかないわ。もしもの場合には、例えアーマンディ様が止めたとしても、心を鬼にして一気にやるのよ」
「はい、大丈夫です」
自分の心は決まっている。だが、アーマンディの気持ちを考えると今一歩踏み切れない部分もあると、シェリルは愛する人に視線を向ける。
幸せそうに笑っている顔に嘘はない。2度目の家族との会合は思いの外、上手くいった。この表情を曇らせないためにも、今回の作戦がうまくいって欲しいと心の底から願うばかりだ。
じっと見つめていると、アーマンディと目が合った。その瞳が前向きに輝いている。少し前までは見られなかった表情だ。
恋人の視線を受け、アーマンディは決意を新たに前を向く。
愛おしい人、そして信頼する師。かわいい弟妹。そしてこれから深く付き合っていく両親と兄がいる。少し前までは知らなかった世界。自分には来ないと思っていた未来。これからも続けば良いのにと思える未来。
「全てはメイリーンを救ってから、それから色々とお話ししましょう。親子の溝を埋めたいです」
アーマンディの強い言葉に家族は頷く。
「シェリル、ジェシカ様、宜しくお願いします」
アーマンディの言葉にふたりは笑顔で答えた。
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