第94話 ウンディーネの呪い(1)
アーマンディは手を組み、祈りの間にてスピカ神に祈りを捧げる。
目の前にあるスピカ神の彫像は優しい笑みを浮かべている。
どうか全てがうまくいきますように。
妹を助けられますように。
皆が無事でありますように。
シェリルが死にませんように。
自分はどうなっても良いから、シェリルだけは無事であります様に。
顔を上げてスピカ神の彫像を見ると、柔らかい光が満ちているような気配がする。
きっと応援してくださっているのだと思うと、アーマンディの体に力が漲っていくようだ。
スッと音もなく立ち上がり、アーマンディは深呼吸をする。
「大丈夫、きっとうまくいく」
自分を信じよう……アーマンディはかつてないほど、強い眼差しを見せた。
◇◇◇
アーマンディの部屋に集まったのは、シェリル、ジェシカ、そしてネリーとミルバだ。
避難路には聖属性をもつ人間しか入れない。ここで聖属性を持つのはアーマンディとシェリルとジェシカだけだ。この3人はここからウンディーネ公爵家に行く。ネリーは聖属性に抗体があるから、行けるが今回はお留守番だ。
なぜなら、ネリーとミルバはアーマンディの部屋で、いなくなった3人の所在を誤魔化すために必要だからだ。
テシオはメイリーンと共に避難路で3人を待っている。今朝のテシオはいつものように軽口を叩きながらも、その瞳には不安が宿っていた。
ノワールはマーロンと一緒に馬車でウンディーネ公爵家に行った。旧友であるウンディーネ前公爵を見舞いに行くという名目なので、事前にアーマンディの祖父も公爵家にいる。
失敗はできない初めての大きな行事に、アーマンディは緊張した面持ちでシェリルを見る。
「その衣装を着てくださったんですね。似合ってますよ」
嬉しくてアーマンディはニコリと笑う。
アーマンディの今日の衣装はシェリルから贈られた赤い騎士服だ。裏地はシェリルの刺繍。刺繍のモチーフこそ理解できないが、それでも愛おしい人の作品だ。今日着るべきだと、アーマンディは初めから決めていた。
「アーマンディ様、すごく似合います。かっこいいです!」
きゃっきゃっと手を上げるネリーは、今日これから何があるかを知らない。ただ内緒のお留守番役だと思っている。だから無邪気に笑い、アーマンディの細い腰にまとわりつく。アーマンディもそんなネリーの頭をヨシヨシと撫でてあげる。
「髪型までお揃いね。当てられちゃうわ」
ジェシカが呆れたようにふうっと息を吐くと、同意するようにミルバが頷く。
「アーマンディ様のご希望です。同じ髪型にしたいと……」
居た堪れなくなりシェリルは軽く赤くなる。
シェリルが後ろに高く髪を結ぶのはいつものことだ。だが、今日はどうしても真似をするとアーマンディが言い張った。シェリルとしてはウンディーネ公爵家に行く以上、できればそこまでお揃いにはしたくなかった。なぜならテシオの話だと、シェリルとアーマンディが付き合っているのはもう知られていると聞いたからだ。
だが、アーマンディの不安な気持ちが分かるので、嫌だとも言えなかった。アーマンディは戦ったことがない。一度シェリルが魔物と戦ったのを見ただけだ。
シェリルやノワールはもちろんのこと、実はジェシカも何度も戦いには赴いている。巨大な魔獣との戦い、魔物の大群との戦い。
ジェシカが赴くのは騎士達だけでは到底困難な討伐の時のみだ。そういった意味では一番修羅場慣れしている。
「アーマンディ様、そろそろ行きましょう」
ジェシカが声をかけるとアーマンディとシェリルは頷いた。
◇◇◇
「テシオは本当に良いの?今なら間に合うかもしれないわよ」
「嘘でしょう?この後に及んでまだ言うの?もうサインしちゃったのに?」
「そうだけど……」
俯くメイリーンの顔を、グイッとテシオは持ち上げる。おでことおでこをコツンと当てると、メイリーンの体温を感じる。段々とメイリーンの体温は冷たくなっている。これが死へのカウントダウンのようで、テシオは嫌だった。だがそんな思いも今日までだ。
「一緒に生まれてきたんだよ。一緒に死のう……なんて言わないよ。一緒に生きよう。ずっと、一緒に歳をとっていこう」
「……うん、ありがとう。テシオ……」
メイリーンとテシオはヴルカン公爵家が用意した魔力移乗の契約書にサインをした。その契約書が施行されればふたりは無事に生き残れる。できなければふたりはシェリルに焼き殺される。そんな一発勝負の契約書だ。
テシオにとってメイリーンは一緒に生まれてきた妹であり、姉のような存在だ。幼い頃からずっと手を繋いで一緒に生きてきた。失うくらいなら一緒に死んだ方がマシだとずっと思っていた。そんな掛け替えのない存在。
「明日のことを考えようぜ。メイリーンは誕生日プレゼントは何が欲しい?父上達におねだりしなきゃね」
「そういうテシオは何が欲しいか言ったの?」
ふたりは手を取り合って聖女の館に向かってゆっくりと歩く。
「俺かぁ、俺はね。父上には魔力増幅の杖を、母上にはコートを頼んで、ねーさんにはケーキを頼んだんだ。それと兄上には――なんだと思う?」
「姉様のケーキは私も食べたいわ。えーっと兄様、カエン兄様よね?何かしら?」
テシオはメイリーンを覗き込み、いたずらっ子っぽくニヤリと笑う。
「兄上にはメイリーンと一緒に旅行に行くから金をだせって言ったんだ。いくらでも出してやるって言ってたぜ」
「最高ね!行きたいところがいっぱいなの!」
「どこに行きたい?まずはやっぱりウンディーネ公爵領?メイリーンは小さい頃行った記憶しかないもんな」
「そうね。でも一番行きたいのはヴルカン公爵領かしら?スピカ公国で一番美しいと言われる海を見てみたいわ」
「ああ、確かに綺麗だったよ。それにヴルカン公爵家の本宅も綺麗だったよ。ただ何もかも赤と黒で派手なんだよ。俺らにはあのセンスは分からねーよ」
「ウンディーネは青と灰色だものね。静かで冷たいイメージ。でも私は好きよ」
「良かったよ……実は母上がさ、メイリーンの誕生日用に俺とお揃いのデザインのドレスを用意してるよ。群青色に銀糸の刺繍が裾に広がって、その上に薄い水色のクレマチスの花のオーガンジーの生地の刺繍が広がるドレスで、すげー可愛いよ。俺のスーツはメイリーンのおまけみたいだったよ」
「用意?だって私は15歳の誕生日は迎えない予定だったのよ?死ぬ時のドレスしか、リクエストしていないわ」
「そうならない可能性があるかもしれないって思ってたらしいよ。母上らしいよな」
メイリーンはテシオの手をぎゅっ強く握る。それを合図にテシオは止まる。
「メイリーン……泣いてる?」
「うん、私、幸せだなぁって。きっとここで死んでも、後悔しないわ」
テシオはメイリーンの鼻を摘む。
「なんでまた、そんなこと言うの!俺は!後悔だらけだよ!やりたいこともいっぱいなの!前向きになれよ!」
「―――うん」
メイリーンは上目遣いでテシオを見る。双子のきょうだいはいつだって前向きだ。テシオの明るさにはメイリーンだけではなく家族も助けられた。その並外れた有能さにも。
ありがとうと口を動かすメイリーンの鼻を離し、テシオは後ろ頭に両手を当てて、前を歩く。
「メイリーンのドレス姿を俺は見たいよ。陽の光の下で歩く姿を友達にも見せたい。これが俺の妹だぜって言いたい。きっと求婚者が殺到するだろうから、俺が吟味してやるよ。おすすめは従姉妹の……ヤマトかな?あとはね、年下だけどヴルカンのルーベンスも良いぜ?他にはシルヴェストルの…………メイリーン?」
テシオが振り向くとメイリーンは下を向いて佇んでいてる。
「メイリーン?」
たたっと走って顔を覗き込むと、その瞳はどこも見ていない。まるで虚だ。
「メイリーン?」
もう一度呼ぶと、その瞳がパチパチと瞬いた。
「なあに?テシオ、ごめん。聞いていなかった」
「ああ、うん。良いんだ」
テシオは何もなかったように笑い、「行こうぜ」と言ってまた手を繋いで歩き出す。
ああ、またあの目だ……心の中でテシオは呟いた。
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