第92話 テシオの策略(3)
アーマンディと再開したその日からカイゼルの心は決まった。いや、心残りが無くなり、元から決まっていた事に後ろ髪を引かれる事なく動けるようになったのだと、カイゼルは得心した。
次に自分がすべきことが明らかになると、人は真っ直ぐ前をむけるものだ。カイゼルのすべきことは一つ。つまり、愛娘であるメイリーンを殺すこと。
自分はどうせ何もできなかった父親だ。虐待されていたアーマンディを助けることもできず、苦悩から家を凍り付かせるカエンも救えない。テシオも家に寄り付かない。不甲斐ない父親を詰るように……。
そんな父親が唯一できることがメイリーンが魔物と化す前に殺すこと。だが、愛する娘を愛する妻諸共殺すのだ。それは簡単にできることではない。
方法は考えた。妻と共に避難路へと赴く。そして愛する妻が愛する娘を抱きしめている間に、ふたりを苦しめることなく絶命させ、瞬時に3人を包む結界を張り、自ら火をつけるのだ。メイリーンからは瘴気が溢れるだろう。それを抑える為にも強固な結界を張る必要がある。メイリーンが絶命するまで、溢れるであろう瘴気を逃さない為に、結界を張り続けることも必要だ。つまりどれほどの苦痛があろうとも、死ぬことは許されない。自身が燃えている間も、結界を作り続けなければいけないのだから。
本来なら結界を張る役をアントノーマに担って欲しかったが、そこは拒否された。一緒に逝く以外の選択肢はないと言ったアントノーマの瞳には、揺る気ない決意が宿っていた。カエンには頼めない。心を閉ざした彼には言えない。テシオにはもっと言えない。アーマンディにはこの事実は知られたくない。
だからカイゼルは全てを自分が背負う覚悟をする。最後のひと時まで結界を張り続ける自信はある。体を燃やす苦痛よりも、きっと娘と妻を自身の手で殺すことのほうが難しいことが分かっているからだ。
なんの罪もない妻子をこの国のために殺す。それが世界で一番苦痛だと、辛いことだと分かっている。
だが失敗は許されない。だからカイゼルは自分で自分に暗示をかける。妻と娘を殺すために。
結果、体から自然と殺気が漏れ始める。全てが憎い、息を吸うのも苦痛だ。悪いのはこの世界。そして自分。そして……この家系。滅んでしまえと言う怨嗟の声が頭の中を駆け巡る。滅ぼしてしまえと言う怨念にも似た幻聴が聞こえ始めた時、テシオが帰ってきた。
テシオが希望を与えてくれた。不甲斐ない父のために。相変わらずふざけた態度で、病んでいたカエンすら正気に戻してくれた。
涙を止めるために、カイゼルはテシオから受け取ったクッキーを食べる。味はなんてことない家庭の味だ。素朴な味。だけど優しさが溢れている。もうこれで会うことはないだろうと思った娘が、作ってくれたクッキーをもう一度食べれたら、もう一度会えたら、次こそは思いっきり抱きしめたい。
「詳しく話を聞かせてもらおうかな?かわいくてかわいくて目に入れても痛くない息子である……テシオ君?」
カイゼルがガブリと食べると、テシオがもう一枚差し出してきた。そのクッキーはアントノーマの元へ行く。
「もったいなくて……食べれないわ」
「また作ってくれるさ、ねーさんはフリフリのエプロンつけて毎日メイリーンのために料理してくれてるんだぜ?俺がつまみ食いしても、ねーさんは『仕方ないね』って困った顔で笑うばかりで怒らないんだよ。ちなみにこのクッキーは、今朝俺が盗んできました〜、今頃、顔を真っ赤にさせてぷりぷり怒ってるはずだよ」
テシオは会話に複数の意味を持たせると言うことをカイゼルは知っている。
テシオの発言を解読するとアーマンディはメイリーンを助けようと努力しているだけでなく、テシオとは本当の姉弟のように自然に接していることが読み取れる。だが、テシオが真に言いたいことはそれだけでない。
「…………つまり、テシオは私達が親子として接しなかったから悪いと言いたいわけか」
「さすが俺の自慢のパパだね。分かってんじゃん。ねーさんは人の顔色を読むって言ったろ?なのに外面で接してさ、こんな風にいつもの様に会話しておけば雰囲気も変わったって言うのにさ」
「しかしあの時には聖女の騎士であるシェリル・ヴルカン様もいらっしゃったわけだから」
「そこが、パパの悪いところだって言ってんだろ?考えすぎなんだよ!シェリル様は聖女の騎士だけど、ただの騎士じゃないの!そこには――えっと、信頼?なんだろ?まぁ色々あんだよ。そもそも今回、一度切れたねーさんと我が家を再び結び合わせようとしてくれたのは、シェリル様だろ?兄上が連絡取り合っていたの知ってただろう?」
テシオがカエンをジロッと見ると、カエンはクッキーを寄越せと手を差し出した。
「テシオ、カイゼルを許してあげて。メイリーンのこともあって、この人も色々悩んでいたのよ。あなただって、それは分かっているでしょう?」
「母上がそうやって父上を甘やかすからダメなんだよ。今のままだと俺がねーさんとの仲を取り持っても意味ねーだろ。とにかくねーさんにはもっとぶっちゃけた態度でなきゃダメなの!ましてや家族を知らないんだぜ?だからこそ家族として接しなきゃダメ」
「つまりその話で行くと、この間の会合では俺と父上がダメだったと言うことか?」
「さすが兄上は分かったみたいだね。まぁ、メイリーンのために必死だって言うのは分かるよ。でもさ、ねーさんだって俺たちの家族だろ?それなのに……かわいそうだよ……」
「つまりお前は初めからアーマンディが虐待されていたのを分かっていたわけか?」
カエンは非難するようにテシオを睨み、クッキーを一口食べる。少し甘い味が心を癒すようだ。
「ねーさんからは聞いてないよ。ただ初めて会った時に思ったんだ。ねーさんは聖女としての教育を受けてねーんじゃねーかって。シェリル様も聖女の騎士って割には随分と過保護だしね。そこから推測してたってわけ」
「つまりアーマンディは妹じゃなくて弟なんだな?」
カイゼルは息を呑む。アントノーマは目を伏せた。そしてテシオはニコリと笑った。
「『つまり』、『つまり』断定しすぎじゃね?」
「つまり弟か」
「うーん、兄上はどこで分かったんだ?そんで母上はもしかして知ってた?」
家族全員の視線を感じながらアントノーマはふわりと笑った。
「これでも母親だもの。一眼見て分かったわ。アーマンディが言わないのであれば、誰にも言わないと決めただけよ」
「へー、父上にもか……そんな母上が俺は大好きだな。で?兄上は?」
「俺は……そうだな。風呂に入りながら、アーマンディとの邂逅を反省していた。それで思い出したんだ。アーマンディがシェリル嬢と俺をチラチラと見比べていたことを。そして俺が打ち合わせ通りシェリル嬢に話しかけた時に、アーマンディの目の色が変わった。シェリル嬢との打ち合わせでは、俺が馴れ馴れしく『シェリル嬢』ということで、シェリル嬢が怒るので、そこで謝罪のために家に招くという筋書きだったのが、アーマンディが怒ったことで筋書きが変わった。俺はシェリル嬢とアーマンディが打ち合わせをしたんだと思った。だが、その後のアーマンディの態度を見ていると違うな。あれは嫉妬……、つまりアーマンディとシェリル嬢は付き合っている、もしくは片思いか…?シェリル嬢は恋愛ごとには疎いから、片思いか。あの人が恋をするなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないからな」
テシオは天井を仰ぎ見る。シェリルが恋愛ごとに疎いことは貴族間でも有名だ。
「それで分かったんだ。アーマンディは男性ではないかと」
「女性同士の恋愛だってあるだろ?」
「それとは違う雰囲気だった。まぁ、シェリル嬢はアーマンディの嫉妬にまるで気がついていなそうだったが」
「そう言う人だからね。ねーさんは苦労してるよ〜。まぁ、両思いだけどね」
テシオがニヤっと笑う。ウンディーネ公爵家の気質は粘着質だ。嫉妬深いし、執着心も強い。
「分かった……シェリル嬢には近づかない」
カエンはそれを良く分かっている。だからアーマンディの想いに気がつく事ができた。つまりアーマンディは間違いなくウンディーネ公爵一族だ。ヴルカン公爵家の人間相手とは気の毒だとカエンは深く息を吸う。
4大公爵は恋愛にも差が出る。
一途だが、相手を尊重するヴルカン一族。
執着せず、束縛を嫌うシルヴェストル一族。
包容力が広く、自由恋愛を好むグノーム一族。
愛が強く、粘着質なウンディーネ一族。
裏切られた場合には顕著に差がでる。
燃え盛る炎のように怒るが、それでも許すヴルカン一族。
他人事のようにまるで気にしないシルヴェストル一族。
あっさり切り捨てるグノーム一族。
そして裏切られたが最後。相手を殺して自分も死にかねないウンディーネ一族。
火と水は相性が悪いと言われている。ましてや相手はあのシェリル嬢。心の底から気の毒だと思うカエンは、自分に余裕ができてきたと気付く。
この数ヶ月、そんな考えはなかった。思考は暗い方へと向かっていた。まるで底無し沼に捉えられたように。
カエンが父を見ると、まるで予想していなかったのように目を瞬いている。手に持ったクッキーすら落としそうだ。
「ポンコツな父親を持つと大変だよね。兄上!」
テシオがいつものふざけた様子でウィンクしてきたので、カエンはわざとニヤっと笑う。
「本当だな。良い迷惑だ!」
カイゼンがこほんと咳をしたところで家族で笑う。
ああ、こうやって笑えたのは何年ぶりだろう。
心にじんわりと温かいものが広がっていく気配を感じながら、カエンは再びクッキーを食べる。次に会った時にアーマンディに助言しなければいけないと思いながら。
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