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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
ウンディーネ公爵邸編
90/204

第90話 テシオの策略(1)

「寒いな……」

 呟いたと同時に白い息が目の前に広がった。指も(かじか)んでいる。だがそれだけじゃない。

「窓も、凍ってるじゃねーか」

 開けることのできない窓枠に手をかける。指がくっつく感じが、この邸内の寒さを物語っている。

「これから夏だってのに、半袖どころか防寒着がいるぜ?これって兄上のせい?」

 テシオの視線の先には執事がいる。薄い水色がかった銀髪が、大陸の遥か北側に浮かぶ永久凍土のようだとメイリーンが言っていた。

 昔の話、メイリーンが避難路に行く前のことだ。


「はい。カエン様が感情を抑えることができず、魔力が漏れているようで……」

「ふーん、魔力が強いのも考えものだ。ここまで迷惑をかけるなんて。家人は?辞めたがってるんじゃないの?」

「……忠誠心の厚い者たちばかりなので……」

 つまり、そういう者しか残していないということか……テシオは心の中で嘆息する。

 両親はメイリーンを殺した後に自殺する気だ。

 兄は、自分の無力さを呪って自滅の道を選んでいる。

 その結果がこの邸内の有様か……、テシオは心の中でため息をつく。


 だがこの炎も凍りつくような邸内の様子を、外から気が付かれることはない。なぜなら父のカイゼルが、邸内をピッタリ包み込むように結界を張っているからだ。テシオですら邸宅に入るまで気が付かなかった。父も兄も化け物だ。

 だが、邸内の陰鬱(いんうつ)な空気は寒さのせいじゃないだろう。

「この家……滅ぶんじゃね?」

 わざとらしくニヤリと笑うと、執事が心得たように視線を落とす。テシオが空気を変えようと、わざとふざけても執事の態度は変わらない。彼はそういう人間だ。


「養子縁組のご準備はできております」

「外から血を入れればなんとかなるって?なるわけねーだろう。それこそ短慮だ」

 執事からの返事はない。テシオも返事がないことは分かっている。

 1000年変わることのなかった悪習だ。結婚させ、女児を身籠ったら一か八かで命懸けで産む。女児が聖女の資格があれば生き残る。そうじゃなければ、妻諸共子供も死ぬ。

「公爵になったと同時に伝えられる情報だもんな、言えるわけねーか、こんなこと」

 言ったが最後、次代公爵は結婚しないだろう。兄がそうであるように。

 

 テシオはため息をつく。

 テシオは世間的に家から出た身だ。例えば結婚して妻が女児を身籠ったとしても、無事に生まれるだろう。だが、テシオが家に戻って、小公爵となり妻が女児を身籠ったら、妻諸共亡くなる確率が高くなる。

 おかしな話だ、あながち『ウンディーネの呪い』も間違いではないと思えるように。


 魔塔でテシオは『呪い』について調べた。

 この世界は火、水、風、土、光の5属性で成り立っている。しかしそれに当てはまらない属性がある。それが魔物が発する瘴気だ。魔塔ではその属性を『光』の反対として『闇』と名付けた。メイリーンは体から瘴気を発する。つまり『闇』。それを呪いと言うのかは不明だ。

 先祖である『ウンディーネの呪い』と言う単語も気になる。誰が言い出したのか、いつから言い出したのかも不明だ。ウンディーネの夫と同じく真相は闇の中だ。


「まぁ、今はそれどころじゃねーか。まずは……」

 テシオは執事を見てニカっと笑った。

「父上と母上とみんなで1階に避難してくれる?」



◇◇◇



「うえ……、マジか。やべーな」

 目の前にある扉は凍りついている。しかも近付いたら、天井から氷柱(つらら)が落ちて来た。扉周辺の廊下は凍りついていて、ツルツルだ。テシオはスケート宜しく、滑って兄であるカエンの部屋の前まで来た。

「兄上〜、かわいい弟が来たよ。入れてよ〜」

 ……返事はない。これだけ凍りついていたら、聞こえないかも知れない。

「参ったな、予想以上の落ち込み様だ」

 

 テシオは階下に避難する両親と、少しだけ会話をした。父は疲れ果てていたが、その全身から殺気を放っていた。母はやつれ、その美貌に影を落としていた。アーマンディのことを言おうとしたが、その雰囲気にすらならなかった。言えなかった。


「火属性もさ、使えなくはないけど結局どれも苦手なんだよ」

 昔はね……と言う言葉を飲み込んで、テシオは魔法を発動する。手のひらの上に高温熱の炎の塊が現れる。




◇◇◇




 カエンは朦朧(もうろう)とした瞳で、何もない空間を見つめている。何日前に着替えたのか分からない。(ひげ)は伸び、頭もボサボサだ。氷の貴公子と言われ、女性の視線を釘付けにした姿はそこにはない。

 アーマンディが来訪したあの日から、カエンは自分を見失った。衝動的に父を殴り、部屋を飛び出したが、その先にすべきことはなかった。

 メイリーンを助けたい、アーマンディに兄妹として再会したいと常に考えていた日々。そんな中で気掛かりだったアーマンディが聖女として立ち、スピカ神のお力を頂いた。アーマンディの心労を考え、聖女就任の儀に出なかったカエンだが、アーマンディがスピカ国中に届けた光の波は受け取った。光の波は温かくカエンを包み、心の焦りを溶かしていった。

 これだけの力を持つアーマンディであればメイリーンを救えるはずだと確信したカエンだったが、アーマンディはウンディーネ公爵家を拒絶し、ヴルカン公爵家を頼りとした。

「その理由が、お互いの齟齬(そご)から来ていたとは」

 だが、カエンの心の中で、その可能性はあるのではないかと思っていた。アジタートが自分達家族と、アーマンディを引き離すために嘘をついているのではないだろうかと。


「まさか虐待されていたなんて!」

 ググッと手を強く握ると、爪が手のひらに刺さった。もう痛みも感じない。

 アーマンディの冷たい視線を思い出すと、心が痛む。そして思い出す、アーマンディとシェリルの言葉。

『満足な食事もない』、『鞭で打たれる毎日』、『暗い地下室』、『囚人以下の食事』、『重労働と加虐』

 そんな辛い思いをしていたアーマンディを気の毒だと思いつつ、それでも妹であるメイリーンを助ける為に力を貸して欲しいと願ってしまう。

 そんな自分はなんて身勝手なのだろうと、カエンは涙する。

 結局それだってアーマンディが死ぬ確率の方が高い。高いはずなのに、それでもメイリーンの為に、アーマンディを死地に向かわせようとする自分だっている。


「最低だ……なんて、無力な……」

 父を殴っても解決しない。母に涙を流させるだけ。メイリーンに悲しい顔をさせるだけ。

 邸内を凍らせるだけの魔力を持ちながらも、何ひとつできない。水の魔力だけでは何もできない。


「虚しい……」

 呟くことすら億劫だ、食事なんて口にしたくもない、このまま死ねたら良いのに……妹と両親と共に……。

 カエンは無気力なまま天井を見上げる。

 外で声が聞こえた気がする。

「この気配はテシオか……」

 メイリーンの双子の弟。幼い頃、ずっと手を繋いでいた。仲がいいのかと思っていたが、それが違う理由だと知った時、あの時から全てが狂っていった気がする。

 テシオの声を聞きつつ、目を閉じる。もう何も考えたくないと言うように。

 

 だがそれはできなかった。

 まずは衝撃と共に爆音が鳴り響いた!次に部屋に広がる凄まじい爆風!あまりにもの出来事に、カエンは目を見開くしかできない。

 そんなカエンの様子を気にしないように、相変わらず人を食ったような言葉と共に弟の声が聞こえた。

「兄上〜?生きてる〜?」

毎日12時頃に投稿します。

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