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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
ウンディーネ公爵邸編
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第88話 1か月目の付き合った記念日(2)

 頬を赤らめてチラチラとこちらを見ているアーマンディは、随分と可愛らしいと改めて惚れ直しながらシェリルは考える。

 スピカ公国は他国とは違い男女の貴賤もなく、比較的自由だ。身分制度こそ厳しいが、それだって近年では公式の場のみと言っても過言ではない。

 シェリルはヴルカン公爵直系の女児として、更に聖女の騎士として、厳格な教育を受けたが故に、少し頭が固いところがあるが、同じ聖女の騎士教育を受けた祖母のノワールは、知ったことかと公式の場以外は規律を守らない。そもそも公式の場であっても守らない時もある。

 そういう意味では男だから……とか、女だから……とか言うこと自体がおかしいのではないかと、シェリルも思い始めてきた。人それぞれだと。

 アーマンディを見ていると特にそうだ。さらりとした絡まる事を知らない銀の髪。ぱっちりとした蒼い瞳には、長いまつ毛が彩りを添えている。

 アーマンディを一目見て、求婚者が殺到したのも分かる。聖女でなかったとしても、彼を求める男性は多いだろう。もちろん譲る気はないけれど。

 

 シェリルの考えを知らず、アーマンディは頬を桃色に染めたまま、真っ直ぐにシェリルを見る。

 何事だろうとシェリルが視線を交わすと、アーマンディの口上が始まった。


「えっと、先ほども言いましたが1ヶ月記念日です。ここまで問題なくお付き合いできて、僕は嬉しいです」

「あ……そうですね。ありがとうございます?」

 まさか1ヶ月目のお祝いで、こんなきちんとした挨拶から始めるとは思わなかった、シェリルは内心焦っている。この状況下でアーマンディの報酬が戻ってきた話は出来そうにない。ネリーの両親についてはもっと無理だ。


「こちらこそ、ありがとうございます。あの……つきましてはお願いがあるのですが」

「何でしょうか?私でできることならば何でも……」

 話したいことを優先して緊張しているアーマンディは、シェリルの焦った様子に気が付かない。どう見ても挙動不審なのに。

「あの……僕のことを、ふたりだけの時は呼び捨てにして頂けませんか?」

 シェリルは緊張して損をしたというように、肩を落とす。

「そう仰るのであれば、アーマンディ様も私に『様』をつけるのをやめてください。そもそもあなたは誰にも『様』付けをしてはいけません。慣れる意味でも全員を呼び捨てにして頂きたい」

「……すみません、それは癖で。アジタート様に『出来損ないのお前は、誰よりも格下なんだから、全ての人に様をつけろ』と言われて育ったので……」

「そうですか……やはり殴っておけば良かったですね」


 ネリーの身内を確認する際、アジタートには元聖女ということもあり、拷問はしなかったと聞いた。だが産まれたことを後悔するほど、痛めつけてやれば良かったとシェリルは後悔する。もちろんシェリルは、この事をアーマンディに知らせる気はない。

 最近のアーマンディはシェリルに、過去の辛い記憶を話す様になってきた。互いが互いに出会った頃とは違ってきている。


「話を戻しましょうか。正直、アーマンディと呼び捨てにしてしまうと、公私の区別がつきにくくなってしまうので、ふたりの時はアディでどうでしょうか?母方の祖父母もそう言ってますし……」

「はい!嬉しいです。えっと、では僕はどうしましょう……シェリ?シェル?」

 呼び方を悩むアーマンディを尻目に、シェリルはキッパリと発言をする。

「あなたはシェリルでお願いします!」

「…………はい」

 いつもこうやって押し切られる……アーマンディはしゅんとしながら、キッシュにナイフを入れる。


「あなたが初めて食べた美味しいもの……ですね?」

「覚えていて下さったんですね!実はオレンジジュースも用意しました」

 アーマンディは瓶を取り出し、シェリルと自分のグラスに注ぐ。この色はヴルカン公爵家の特産品だ、シェリルはグラスを目の上に掲げる。


「懐かしいですね。あなたはオレンジジュースも飲んだことがなかった。あの夜会で初めて飲んだんですよね?」

「はい、こんなに美味しい飲み物があるんだと、驚いてしまいました。あれから色々な飲み物を飲みましたが、やはりこれが一番美味しいと感じるんです」

「ということは、これがあなたの好きな物ですか?」

「そうですね、飲み物ではオレンジジュースが一番好きです。食事は……やはりヴァネッサお祖母様が作ったグラタンが一番好きです」

「ああ、私も祖母の作るグラタンは好きですね」

「僕が作ると味がなぜか違うんです。レシピ通り作っているんですが、不思議ですよね?」

「確かに違いますね。ですが、あなたの料理には自然と魔法がかかっています。その影響でしょう」

「だとしたら、いつまでも同じ味は再現できないんですね。残念です」

「良いんじゃないですか。あなたの作る料理は、どれも美味しくて好きですよ」

 ニコリと笑って見せたが、一向に減らない目の前の料理にシェリルはウンザリしてくる。話しながらも頑張って食べているのに!

 これでは『好き』から『嫌い』になりそうだ。

 そもそもアーマンディは少食だ。どうして、こんなに量を作ったのか!

 もう無理だとシェリルは決意する。今日は試練の日の様だ。


「アーマンディ様……この量を食べ切れる自信がないのですが」

 アーマンディの肩がぴくりと動き、じとっとした瞳でシェリルを見る。

「アディって呼ぶって……」

「ああ、そうですね。すみません、ですがこの量が……」

「そうですね。僕も嬉しくて夢中で作ってしまいましたが、全然減らないですね。残すのは嫌ですし、他の人にあげてはいけないし……どうしましょう……」


 頬に手を当て考え込むアーマンディの姿を見て、シェリルは安堵する。

 良かった。全部、食べて欲しいと言われなくて。

 シェリルは立ち上がる。

「ではギネに食べてもらいましょう。ギネは雑食なので何でも食べます。祖母の手料理も食べていますし、あなたの作ったご飯だと聞けば喜んで食べるでしょう」

「あ!ギネに乗って、空を飛びたいです!」

 シェリルが窓を開けたと同時に、ギネの大きな瞳が見えた。

毎日12時頃に投稿します。

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