第85話 アーマンディの嫉妬心(2)
「ああ、そんなに丁寧に両手で拾わなくても良いですよ。どうせ燃えるゴミです」
「も――燃えるゴミ⁉︎シェリル様はなんてことを仰るんですか⁉︎」
「それとも男性に興味が?これなんてあなたと同い年ですが?」
シェリルが広げた釣書には、黒髪、赤目の男性の姿が載っている。そして先ほど見たラブレターの主は彼だ。今、アーマンディの手の中に収まっているラブレターは彼の釣書に挟まっていた。
「こいつは遠い従兄弟ですが、あなたに一目惚れしたそうですよ。ああ、あなたが大事に持っているその手紙に書いていますね。あなたなしでは生きていけないとかなんとか……こいつにそんな妄想癖があったとは知りませんでした。今度会ったら、その無駄に長い髪を燃やし尽くしてやりますよ!」
「……あなた?」
アーマンディが首を傾げると、シェリルから眉間に指を指された。
「あなたです。この釣書は全てアーマンディ様宛です。見られる前に燃やしてしまおうと思って、ミルバに頼んでここに持ってきてもらったのが失敗でした。まさか今日、私の部屋を使うことになるとは――!すっかり忘れていました!――と言うわけで全て燃えるゴミです。その大事に握りしめているラブレターも燃えるゴミです。と言うわけで、回収!」
アーマンディから強引にシェリルは奪い取り、なんとその場で燃やしてしまう。
「あ――――!」
「なんですか?燃えるゴミだと言ったでしょう?それとも男性に興味が?あなたの現在の恋人は私でしょう?」
「え――あ、これはシェリル様宛の釣書ではないんですね?」
「あなた宛だと言ったでしょう?それで?男性に興味が?」
アーマンディは慌ててプルプルと首を振る。
こんなに鬼気迫ったシェリルを見たのは初めてかもしれない。しかもこの表情は怒りだ。矛先はアーマンディではなく、釣書のひとたち……。
「……シェリル様でも嫉妬するんですね」
「嫉妬?ああ、するに決まっているでしょう。その為にこの釣書全員を把握してから燃やそうと思ってるんですから」
「把握?把握してどうするんですか?だって僕は男ですよ。あり得ないです」
「今は世間的には女でしょう?把握しておかないと夜会等であなたに近づいて来た時に対処できない」
「……僕はシェリル様以外と踊る気はないです。そもそも……シェリル様以外は触れられないですし……」
「そんなのは分かっています。でもそう言う問題じゃないんです!」
プイっとするシェリルを見ていると、アーマンディは自然に笑みが漏れてしまう。
「何がおかしいんですか?」
「シェリル様は嫉妬とは無縁だと思ってました」
「そもそも嫉妬しない人なんているんでしょうか?少なくとも私の周りにはいませんね」
「嬉しいです。嫉妬をするのは僕だけかと思っていました」
「もしかすると、皆が言っていた、あなたが私に言いたい事とはそれですか?あなたがテシオやジェシカ様に相談に乗ってもらっていることは知っています。私だけ除け者扱いで寂しいと思っていたのですよ?」
「それは……ごめんなさい、こんなドロドロした嫉妬の心を持っているなんて、シェリル様にだけは言えなくて……」
「私も一緒ですよ。あなた宛の釣書を内緒で仕舞い込んで、燃やしてしまおうとしている……身勝手この上ない」
「そんなことはないです!シェリル様の嫉妬は僕のと違って明るいです!」
「あ……明るい?」
「明るいです、僕の嫉妬は醜い……シェリル様とは違います。僕は……この釣書がシェリル様宛だと思って……駄目だと思いながら見てしまって、あげく内緒で破いてしまおうと思ってしまいました。なんて……汚いのか」
「私と……何が違うのか分からないのですが……」
シェリルは顔を引き攣らせる……アーマンディは自分のことを汚いと言ったのだが、確実にシェリルの心も抉ってる。
「全然違います!実はウンディーネ公爵家に行った時にも僕は……あなたがカエン様と連絡を取っていたと知って、嫉妬してしまいました。今も、メイリーン様を助ける際にカエン様が参加すると聞いて、嫉妬から作戦を狂わせるんじゃないかと……怖くて」
「私はあなたの恋人ですよ?カエンには興味がありません。カエンと連絡を取っていたのもウンディーネ公爵家に入る相談をしていただけですよ。もちろん先に相談していなかったのは、申し訳なかったですが」
「それでも……きっと先に相談されていても、だめでした。だって、僕は同じウンディーネ公爵家の人間なのにカエン様と違って、恋人になったと宣言できない。婚約もできない。このままでは結婚も……できない……」
それがアーマンディの一番の不安かとシェリルは得心する。
確かに母や祖父が聖女が男でも良いのではないかと噂を広めているが、だからと言っていきなり現聖女であるアーマンディが男であると言って良いものではない。早くても3年。もっと時間が掛かるとも思われる。そもそも父や祖父のような保守的な人間はこのまま女性で通すのもアリではないかと言う始末だ。シェリルもそれについては諦めていた節がある。このまま、一緒にいることができれば満足だとも……。だが、今は違う。
「アーマンディ様、いつまで立って話ていても仕方ないです。座りましょう」
すがるような視線のアーマンディの背中に腕を回し、シェリルが抱き寄せると、何も言わずアーマンディがすっぽり腕の中に入る。
ふたりだけの時はアーマンディは極端にシェリルに甘える。今まで誰にも甘えられなかった時間を取り戻すように。
ソファに隣同士で座るのもいつものことだ。このまま時が止まれば良いのにとアーマンディがいつも思うことも。
「結婚はそうですね、うまくいけば最短で3年後にはできると思いますよ」
「そんな……慰めようと無責任なことを言わないでください。僕は世間知らずだけど、男性が聖女として認められる世界がすぐに来ないことくらい分かります。だから僕はずっと、永遠にあなたが他の人に奪われるか心配で、不安で、そして嫉妬することになるんです。それが…………」
アーマンディは言葉を飲み込む。
飲み込まなければいけないと思った理由は明白だ。また心のままに話していたからだ。『辛いと、あなたを愛してしまったばかりにこんな思いをすることになった』と、思ってもいないことを言いそうになったからだ。
心は思う通りにはいかないものだ。思ってもいないことも言いそうになってしまう。ましてや幼い頃から虐げられたアーマンディの気持ちは不安定だ。やっとできた頼りになる人を信じようとする気持ちと、その愛を試そうとする気持ちが混在する。
「おや?あなたは次代聖女を助けようとしているのに、そのように疑うのですか?」
「……次代、聖女?」
アーマンディはキョトンとした目をする。まるで分かっていないアーマンディの表情にシェリルは笑みを漏らす。
「メイリーンが聖属性を持てば、ウンディーネ公爵家直系の女性の聖女です。年齢はもうすぐ15歳、これから聖女の館に入って修行を積めば、18歳で聖女になれます」
「あ…………」
「メイリーンの戸籍については問題ありません、過去のウンディーネ公爵家直系の聖女のように成人式に華々しくデビューすれば誤魔化せます」
「そんな……良いんでしょうか……」
「命を助けるんですよ?引き換えに聖女の仕事を引き受けてもらいましょう。そしてあなたは私と共に引退して、祖父の会社を継ぎましょう。そうですね。あなたの戸籍はウンディーネの親戚筋からもらいましょう。今回の件で、私はウンディーネ公爵家に色々交渉する予定ですよ。ああ、もちろん、あなたの許可を頂きます。どうですか?」
「お祖父様とお祖母様の会社を……そんな……良いんでしょうか」
「おや?嫌ですか?あなたの望みが全て叶うのに?私はあなたと早く結婚したくて仕方ないのに」
ああ、この人はいつだって自分に光を与えてくれると、アーマンディは思う。暗い世界に行こうとする自分を引っ張ってくれる。やはりこの人無くしては自分はダメだのだと。
「嬉しいです。僕も、シェリル様と早く結婚したいです。堂々と僕の愛する人だと言いたいです」
「それは私も一緒ですよ。全く、すぐに泣くんですから……」
アーマンディの瞳から落ちる涙を受け止めて、シェリルはにこりと笑う。
「さぁ、笑顔を見せてください。今日は私からあなたへ贈り物があるのです」
シェリルがテーブルの置いた箱をアーマンディへと渡す。これはシェリルが部屋に入ってきた際に持っていた箱だ。
「贈り物……あ、今日は僕とシェリル様がお付き合いを始めて1ヶ月目ですね。僕も一応用意したんです。僕はやっとお給料を貰い出したばかりであまりないから、ケーキを作るくらいしかできなかったのですが……」
「1ヶ月………、あ、そうですね。そんな感じです」
シェリルは誤魔化すように笑う。
1ヶ月目?覚えていない……。だが友達がそんな記念日があると言っていた。
内心の焦りは見せず、シェリルは箱をアーマンディに渡す。頬を桜の花のように染めたアーマンディが高鳴る胸を笑顔に乗せて箱を開けると、中には真紅の衣装が入っていた。
「これは……」
「ギネに乗るのにドレスは向かないですからね。女性用の騎士服です。あなた用にオーダーメイドしました。内側は私の刺繍です」
アーマンディの動きがピクリと止まる。涙は一瞬で引っ込んだ。
「シェリル様の……刺繍?」
「はい!」
満面の笑みのシェリルには勝てないん。アーマンディは内側をそっと見る。
まさかの4つ足のフナムシ!うっかり褒めてしまった作品が裏地に使用されている!
動揺する心を見せないようにアーマンディはよそ行きの笑顔をする。シェリルが褒めてくれた微笑み。ジェシカが素晴らしいと言ってくれた笑み。
「……素晴らしいです」
技術は……の言葉を飲み込んでアーマンディは衣装を自分に当てる。刺繍が内側で良かったと思いながら。
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