第84話 アーマンディの嫉妬心(1)
アーマンディはシェリルの部屋に移った。
アーマンディの部屋ではなくシェリルの部屋にしたのは、アーマンディの希望だ。なぜならシェリルの部屋には初めに入ったきりだ。2人はいつもアーマンディの部屋を使っていた。
『用事があるから、先に部屋にいて欲しい』とシェリルに言われたので、アーマンディは部屋に入り、背徳感を感じながらも、それでもつぶさに観察する。
アーマンディの部屋と対となるシェリルの部屋には、入ってすぐに大きなソファセットがある。これはアーマンディの部屋にあるものよりも大きい。1人掛けの肘付きの豪奢なソファの両側には3人掛けのソファと、1人掛けのソファがふたつある。当初は色違いの猫足のソファセットだったのだが、小さいという理由でシェリルが変えた。
ここでミルバや信女長のソニアを呼んで打ち合わせをしているとシェリルが言っていた。いつか呼んでくれるのだろうかと待っているが、まだ呼ばれたことはない。
真ん中にあるテーブルに視線を移すと作りかけの刺繍が置いてある。
「……相変わらず上手……でもこれは……」
なんだろう?、と言う言葉をアーマンディは飲み込んだ。それは言ってはいけないことだからだ。
シェリルは意外に粘着質だ。特に刺繍に関しては何故か絶大な自信を持っているので、迂闊なことは言えない。言ったが最後、機嫌を損ね、怒るのならともかく、何故か懇切丁寧にじっくりと説明が始まってしまう。その説明は長いだけではなく理解不能だ。
ちょっと前に刺繍のモチーフについて聞いた時は酷かった。だが聞かずにはいられなかった。なぜならフナムシに足が4本ついていたからだ。
なぜ刺繍のモチーフでフナムシを選んだのかも分からないが、さらに足をつけた理由はもっと分からない。だからついつい好奇心で聞いてしまった。
するとその説明だけで1時間かかってしまった。
最終的にはフナムシが戦地へ向かう際に、剣を持つ必要があり、自ら足をつけることになったと言われたが、剣を持つならそこは腕ではないのだろうか?
大変、疑問に思ったが、言うべきではないと思って飲み込んだ。
語り終わって、やりとげた感満々のシェリルに『フナムシさんの足にそんな理由があったなんて素敵だね。シェリルはすごいね』と言う薄っぺっらい褒め言葉しか言えなかったアーマンディは、もっとボキャブラリーを増やさなければと心の中で誓った。
どうやらシェリルは頭の中で物語を創り、それを刺繍で仕上げているようだ。例えその物語は荒唐無稽で、突っ込みどころが満載だとしても、本人にとっては一大叙事詩なのだ。否定してはいけないとアーマンディは思ったが、他人には聞かせないように導こうとも考えている。なぜならシェリルのイメージが根底から破壊されかねないからだ。
いくら愛おしい人でも理解できないことはあるのだと、アーマンディはその時に知った。どんなに愛おしい人でも、時には優しい嘘を付く必要があると言うことも。
思い出し笑いをしながらアーマンディは顔を上げる。
向かって右側には明るい色の見事な彫刻のベッドがある。これはアーマンディと同じ物だ。横にはベッドと同じ色合いの机と椅子がある。その先にある大きな窓からは青空が見える。
空気を入れ替えようと窓に近づくとシェリルの机にある山積みの書類が目に入った。プライベートなのだから見てはいけないと思いつつ、アーマンディの視線は書類を追う。
署名入りの書類、決裁待ちの書類、届いた手紙、書きかけの手紙、更に……
「釣書き……」
アーマンディはポツリと呟く。
見ては駄目だと、思った。これこそプライベートだと。例え恋人同士であっても見てはいけないものもある。分かっている。だけど見たいとも思ってしまう。自分の気持ちをいつだって制御することはできない。シェリルが関係する事は全て。
みんなはいつだって正直に言えと言う。不安も愛憎も嫉妬心も全てさらけ出せば良いと言う。みんなの後押しを受けて、勇気を出してシェリルの部屋には来たけれど、それでもやはり自分の醜さを知られたくないと思ってしまう。
「まだ……大丈夫……だよね?」
誰も応えれくれないことを分かった上で呟き、アーマンディは息を呑む。きっと大丈夫だと、頭の中で復唱する。
手を伸ばし、そっと捲ると、アーマンディの目に飛び込んできたのは男性の経歴書と写真。
実りを与える豊かな大地のような茶色の髪と、人の心を縛り付けるような妖しい紫色の瞳。キリッとした顔立ちは女性に好まれるだろう。経歴書に書かれた名前はトゥール・グノーム。現公爵の長男。
「僕と同じ、公爵家の人間……」
胸の前でぎゅっと手を握り、涙が出ないようにアーマンディは堪える。
年齢も身分も申し分ないシェリルに正々堂々と愛を伝える事のできる人たち。そんなたくさんの男性の釣書がきっと机の上に山になっているのだろう。
「こんなにいるんだ……素敵な人だから、分かるけれど」
アーマンディはテシオに社交界でのシェリルの話を聞いた。
やはりシェリルには求婚者が沢山いるらしい。父親と兄が聖女の騎士候補だからと鉄壁の守りを見せていたが、聖女の騎士を断った暁には、告白しようと狙っていた男性も多かったらしい。
『ヴルカン公爵家令嬢で魔力も強く、竜騎士の資格も持っている。それだけでも価値が高いのに、あの美貌と教養だろう?本人の性格も性質も良い……ってね。モテる彼女を持つと大変だね〜、ねーさんも』
そう言ってテシオに揶揄われたのは、ついこの間だ。
この全ての釣書を破り捨てたいと思う自分は間違っているとアーマンディはギュッと右手を握りしめる。それでは聖女らしくない。そんな自分にシェリルは絶望してしまうだろう。嫌われてしまうかもしれない。そんな不安がいつも心を渦巻いていることをシェリルにだけ言っていない。
みんなは言っても大丈夫だと笑うけれど、僕のこの感情は重くないだろうか。ただでさえ聖女の騎士として頼りきりなのに。ここにある書類の山だって、本当は自分が決裁しなければいけないものもあるのだろうに……。
ふうっとため息をついて、更に釣書を捲ろうとすると、バサバサと音を立てて机上から落ちていく。慌てて拾うとそこには、ラブレターが挟まっている。
『一眼見たときから……』
カッとなったと同時に涙が出そうになる。さっきまでメイリーンを助ける可能性が出てきて幸せいいっぱいだったのに、一気に暗闇に落とされた気分だ。どうして自分はこうも感情が不安定なのだろう。誰もが当たり前にできることができない。
「アーマンディ様?」
扉が開く音と同時にシェリルの声が聞こえた。涙を慌てて拭いて振り向くと、何か箱を持ったシェリルと目があった。
「ああ……見てしまいましたか」
失敗したと表情に表すシェリルを責めるべきではないと、アーマンディは唇を噛み締める。以前のように心にも思っていないことを言うのはもう嫌だ。
「ご……ごめんなさい。倒してしまって、今拾います」
涙を誤魔化すために跪いて釣書を拾うアーマンディに、シェリルは箱をソファへ置いて、近づいた。
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